第21話 聞かれてはいけない事実
11月17日 木曜日 17時00分
私立祐久高等学校 生徒会室
#Voice :
「願い? アプリ? タブレット端末? 何のことだ?」
私よりも先に、疑問を鹿乗くんが言葉にした。
鹿乗くんは聡明だけど、こんなときの口調は責めるような詰問調になる悪い癖があるの。彼自身は、自覚していないみたいだけど。
籠川さんの瞳が潤んでいた。
予想は付いた。
鈴守神社の神職の娘ですから。
「常識では信じられない出来事に、籠川さんは巻き込まれたのね」
籠川さんがためらいで言葉にできないことを、私はゆっくりとしゃべった。
「はい。木瀬さんが―― キュービットさんという願い事が叶うアプリをやろうと言い出して、アプリを使用するにはWindowsのタブレット端末が必要だったから……」
おずおずと籠川さんが話し始めた。
「それで、萩谷のお絵描きタブレットに目を付けたのか?」
またしても詰問口調で、鹿乗くんがいう。
鹿乗くんが言うには、木瀬さんと萩谷さんがタブレット端末について、先日、教室で口論になっていたらしいの。
「はい。はじめはちょっとした悪戯のつもりだったんです。悪気なんかなくて…… それなのに、こんなことに……」
「あのな、少しは虐められる萩谷の気持ちも考えて……」
「待って。籠川さん、そのキュービットさんって、なに? コックリさんの亜種できゅーぴっとさんなら、昭和時代に流行った事例があると聞いているけど」
叱りつけるような声を出した鹿乗くんを遮って、お話を本題に戻した。彼の正義は正しいけど、こぶしを振り上げるのは、少なくとも今じゃない。
籠川さんは困ったように小首をかしげた。
「知らないんです。木瀬さんがどこかのブログで見つけて来て、私は野次馬のつもりでふたりについて行っただけで……」
どうやら籠川さんは、本当に何も知らないみたい。
「これか? そのブログっていうのは……?」
鹿乗くんだった。早速、スマホで検索して、それらしいサイトを見つけたらしい。
スマホを籠川さんの前に突き出して、確認させた。
「はい。これだった…… と、思います」
籠川さんがうなずいた。
「ここから、リンク先にあるアプリをダウンロードして、萩谷…… さんのタブレットパソコンにインストールさせました」
「落とせないぞ」
鹿乗くんがすぐに試したけど、ダメだった。
「あの古いバージョンのWindows専用らしいです。萩谷さんはパソコン詳しいみたいだから……」
「互換モードに切り替えて、管理者権限で無理やり実行したの? セキュリティ的にはまずいわよ」
言いあてたけど、私は呆れた。
萩谷さんのことだから、木瀬さんに脅されて泣く泣くやったのだと思うけど、籠川さんも少しは、萩谷さんのことを考えて欲しいわね。
「いや、リンク切れみたいだ。アドレスやファイル名は…… 覚えてないか」
何度か試して、鹿乗くんが唸った。
「ぱっと検索しても、他にめぼしい情報はないわね」
私もスマホで検索をかけてみたけど、他にはなにもヒットしない。むしろ、量子ビットとか、古いギリシアの単位とか別の情報があがって来るの。
私が諦めてスマホを仕舞うのと入れ替わりに、鹿乗くんが尋ねた。
「籠川、それで問題のタブレットはどこに隠したんだ?」
完全に犯人扱いだった。でも、木瀬さん、萩谷さんがタブレット端末の行方を知らないとしたら、残る可能性は籠川さんだよね。
籠川さんは、耐えられずに泣き崩れた。
「名倉くんに…… 渡しました。か、紙袋に包んで、絶対に開けないように言ったんです。しばらく預かってほしいって…… ごめんなさい。ちょっと萩谷さんが困るところを見たかっただけなんです」
籠川さんが、床にへたり込み、声をあげて泣き始めた。
私はため息をついた。
木瀬さん、名倉くん、ふたりの犠牲者のつながりは、キュービットさんという怪しげなアプリがインストールされたタブレットパソコンということね。
「誰だ? そこに、誰かいるのか?」
ふいに鹿乗くんがドアに向かって声をぶつけた。
ぱたぱたと上履きで駆ける足音が逃げ去った。
私と鹿乗くんが、急いで駆け寄ってドアを開けたけど、もう、姿はない。
「いま、誰かドアの向こうにいたの?」
「気配がしました。小柄な影がすりガラス越しに見えました」
生徒会室の引き戸には、すりガラスがはめられている。鹿乗くんは、そのすりガラスに映った影を見たというの。
「いまのお話、聞かれちゃったかもしれないわね。ちょっとまずいかな?」
私はため息をついた。
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