第41話 革命の朝と、再戦の朝

 ◆ (回想) ◆


11月15日 火曜日 8時30分

私立祐久高等学校 弓道場


#Voice :青木あおき 郁吏いくり


 学校内は騒然としていた。

 校庭には、パトカーが何台も集まり、救急車も来ていた。

 登校してすぐ、俺はすれ違った生徒たちに、何が起きているのかと尋ねた。


「弓道場で生徒が死んでいるらしい」

「矢でめちゃくちゃに射られて、内臓まで出てるとか警察の人が話してた」

「さっき、緋羽が号泣していて、可哀想で見ていられない」


 生徒たちの喧騒を掻き分けて辿り着いた弓道場は、黄色の規制テープと、ブルーシートに覆われていた。マスコミ関係者も来ていた。カメラを構えて脚立に乗り、弓道場の中を覗こうとしていた。

 とんでもない混乱が校内を支配していた。学校側が、初期対応をミスったのは、明白だった。無能なやつらだと嗤った。


 そのとき、気になる噂を聞いたんだ。


――SMSで呪いのメッセージが届くんだって。邪魔なやつを殺す方法を教えてくれるんだって。


 驚いて、振り向いた。

 誰もいなかった。


 いや、違う。

 警察や救急も、対応に追われる先生方も、うわさ好きな無関係な生徒たちもいる。数えきれない数の人混みの真ん中に、俺は立ち尽くしていた。


 誰だ。いま、俺にささやいたのは!?

 誰もいない。


 ――まさか?


 直感的に、俺は感じた。

 あるいは、いまのささやき声は、俺の脳の中で湧いた声なのか!?


 ――!


 次の瞬間、スマホが着信音を鳴らした。


「まじかよ」

 SMSが俺にも届いていた。

 短いメッセージの文字列を追う。俺の瞳は、熱を帯びていた。



 ◆ (回想) ◆



11月16日 水曜日 9時 5分

私立祐久高等学校 体育館


#Voice :青木あおき 郁吏いくり


 全校集会が開かれた。生徒全員が、体育館へ集められた。

 内容は、もうわかっていた。


 演台にあがる理事長先生が、沈痛な面持ちで生徒たちに語りかける。

 いわく、受験を間違に控えている3年生は、落ち着いて勉強に集中してほしい。

 いわく、心を強く持ち、素直に伸びて欲しい。

 いわく、先生たちは常に生徒全員に寄り添っている。不安があれば相談してほしい。職員室のドアは、常に開いている。


 遠回しに話しているが、そういうことだ。

 先週は日曜日に、木瀬冴香が死んだ。

 火曜日には、名倉葦之が死んでいた。

 だから、水曜日の今朝は全校集会だ。実にわかりやすいじゃないか。


 実に辛気臭いお芝居だ。

 集められた生徒は、クラスごとに二列に並び、神妙な顔で理事長先生の話を聞いている。本当は、心の中では笑っているかもしれないが、誰もが下を向いている。

 恥ずかしくなるような偽善じゃないか。

 あの暴力女の木瀬が死んだんだ。俺たちは安全になった。

 飯野緋羽を独占していた名倉も死んだ。良い気味じゃないか。

 

 だが、観客になるのは、俺の本望じゃない。

 俺は、学園を支配する生徒会のヤツラを下克上する。

 押しのけて這いあがる。


 さあ、革命を始めようじゃないか。

 俺は、SMSに書かれていた呪いの手順を試した。

 最初は、ごく小さなもので試行した。

 全校集会に行くとき、制服のポケットに、タコ糸を持っていた。


 影踏みの呪い。

 手順は、簡単だ。

 凶器を隠し持ち、標的の影を踏み、呪いの言葉をつぶやく。


 たったそれだけだ。


 最初に狙ったのは、鹿乗だ。

 小生意気なクラス委員長を、まず、お試しで呪った。

 あっけなかった。

 当然だが、致死性の呪いを掛けられたにも関わらず、鹿乗はまったく気づいていない。タコ糸といっても、首に巻き付けて絞めあげれば、窒息死に追い込むことくらいはできる。


 もちろん、いますぐには、何も効果は現れない。

 俺の目の前で死なれでもしたら、迷惑じゃないか。俺まで警察に疑われることになる。それよりも、じわじわ首を絞めて、鹿乗が次第に弱っていく有様を眺めて楽しみたい。

 遅効性の毒。あるいは遅延信管ってヤツだよ。

 俺は、なかなかに知恵者だと思う。



 次に狙ったのは、星崎あずさだ。

 諸悪の根源にして学園の支配層、生徒会の書記長だ。

 処断すべき敵であるのは、間違いない。


 手順は、鹿乗にしたのとまったく同じだ。


 全校集会が終わり、生徒たちの群れが移動を開始した直後を狙った。クラスごとに整列していた生徒の並びが崩れて、体育館から出ていくタイミングで自然を装い近づいた。


 星崎あずさの影を踏んだ。

 ポケットに忍ばせたタコ糸に指で触れながら、呪いの言葉をつぶやいた。


 ――!?


 まさかと思った。

 星崎あずさが振り向いた。

 俺を見ている!? いや、微妙に目線が合っていない。

 生徒の群れの中に潜んだ俺を、特定しきれなかった…… らしい。


 冷や汗が吹き出た。

 星崎あずさは、鈴守神社の巫女だと聞いたことがある。

 まさか、呪いをかけたことを察知されたのか!?


 落ち着け。

 俺は、慎重だった。

 呪いに用いたのは、タコ糸だ。

 タコ糸をポケットに隠し持って、影を踏んだ。それだけだ。

 たとえ、いま、取り押さえられたとしても、「凶器」は持っていない。何も証拠はない。

 勝利者になるのは、俺の慎重な知略だ。



 ◆  ◆



 こんな卑屈なことはやめろ。

 自分で自分を貶めるな。

 こんなバカバカしい行いを、恥ずかしいと思わないのか。


 心の中で、良心とか常識とかいうヤツが喚いていた。

 残念だったな。

 革命はもう止まらないんだ。



 ◇  ◇


 

11月24日 木曜日 9時05分

私立祐久高等学校 体育館


#Voice :青木あおき 郁吏いくり

 

 先週に続いて、再び、全校集会が体育館で開かれた。

 理由は、またも明白だ。

 飯野緋羽が自殺未遂を起こした。幸い、救助が早く事なきを得たとのことだ。

 籠川里乃が駅で倒れた。あやうくホームから転落して電車にひかれる寸前だったらしい。こっちも、自殺か? と、うわさされている。


 学校側は、何もわかっていない。

 いま、学校で起きているのは、呪いのサーカスだ。エグイ見世物が催行中なんだよ。さあ、星崎あずさに再戦だ。革命の第2幕をあげようか。 


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