第3章 呪いのサーカスは見世物なんかじゃない
第29話 幕間
11月18日 金曜日 16時50分
私立祐久高等学校 生徒会室
#Voice :
本当は、萩谷さんと、もっとお話ししたいこともあったけど、時間が足りなかったの。だから、夕方に鹿乗くんと生徒会室に集まった。
「はぐらかされた気もするけど、萩谷さんは、きっと、あの真核細胞の呪いのお話しを、私たちに伝えたかったんだと思う。萩谷さんは、私たちのこと、きっと、信じてくれたはず」
私は、自身を勇気づけるように話した。
「そうですか?」
鹿乗くんは、懐疑的な様子。
「SMSのこと聞けなかったですね。それにタブレットのありかも……」
うん。木瀬さんが殺害されるきっかけとなったSMSを、萩谷さんが送信したんじゃないか? って疑惑だけど、さすがに、これは簡単に聞き出せる話題じゃないわ。
「萩谷さんは、タブレットパソコンは、やっぱり……?」
私が尋ねると、鹿乗くんはうなずいた。
「今日も教室ではお絵描きしていない。イラストコミッションは辞退したとか、話していました」
鹿乗くんが、考える仕草のあと、こう切り出したの。
「仕方ない。気は進まないが、飯野に聞くしかないか」
「飯野…… あ、緋羽ちゃんに聞くの?」
「はい。名倉にいつも張り付いていた飯野なら、何か知っている可能性は高いと思います。でも……」
鹿乗くんが口ごもる。
私も、弓道部の飯野緋羽ちゃんのことは知っていた。
花が咲いたみたいに、元気で明るくて、誰とでも仲良くなれる、そんな子だった。
「飯野、名倉と幼馴染だったから、ひどく塞ぎ込んでいて……」
「声をかけづらいのね」
「はい」
合理性一点張りの鹿乗くんが、こういうのだから、緋羽ちゃんの様子はひどいのだろう。私としても、もうすこし、そっとしておきたい。でもね、籠川さんを警察に保護してもらった以上は、前に進まなきゃいけないと、自分を励ました。
「明日、緋羽ちゃんに声をかけましょう。籠川さんは、おそらく警察に事情を話しているはずだから。タブレットの行方のことも、警察は知るでしょう」
「そうなれば、名倉の死について、また、警察が飯野に尋ねると?」
「うん。家族以外で、最後に会ったのは、緋羽ちゃんのはずだから」
鹿乗くんが唸る。クラス全員が、事件当日の朝に事情聴取されているが、人数が多いこともあり、さらっと尋ねただけだったの。
でも、タブレットパソコンが木瀬さん、名倉くんの死に繋がる唯一の共通点となれば、所在を知っている可能性の高い人物として、緋羽ちゃんが選ばれる可能性は十分にある。
「萩谷の言葉とおりなら、問題のタブレットは、ここに、祐久高校の敷地内にまだあるんですよね?」
鹿乗くんは、さすがに気味悪げにしていた。
◇ ◇
11月18日 金曜日 17時10分
祐久市警察署
#Voice :
どうにも気に入らない。
あの祐久高校の生徒会の星崎という生徒が、だ。
端的に言うと、我々警察をうまく利用している。そう感じた。
星崎あずさの素性ならわかっている。
鈴守神社の神職の娘だ。
科学捜査が信条の我々にとって、認めたくはないが、この祐久市という土地には、因縁めいた何かがあり、昭和の時代から未解決事件が少なからずある。
そのいくつかに、鈴守神社が関わっている。
いや、容疑者扱いしているのではない。むしろ、逆だ。
我々の代わりに、異常な事件を解決しているらしいのだ。表向きは、警察が解決したことになっている事件も、影では鈴守神社の影響力があったと、うわさされている。
「ただのうわさ話だと、思っていたんだがな……」
2件もの異常な殺害現場を目の当たりにしては、ぼやきも出る。
昨日、保護を求められた籠川里乃は、その日のうちに、迎えに来た両親に引き渡した。保護した直後は、精神的に非常に不安定な状態だったが、生活安全課で対応し、署にて事情を聴いているうちに、落ち着いたようだった。
生活安全課から回って来た聴取資料に目を通した。
・呪いのアプリをインストールしたタブレットパソコンを、2件目の被害者、名倉葦之に渡した。
・SMSでメール通知を受けて、最初の犠牲者、木瀬冴香の殺害現場を撮影した。
保護対象の生徒、籠川里乃が、精神に変調をきたした理由は、いたずら目的のこれらの行為に対する罪悪感が原因らしい。
あくまでも、保護した女子生徒から話を聞いたというに過ぎないが、異常な出来事が起きているのは推察された。
やはり、あの高校が建てられた土地に、何か問題がある。
そう確信していた。
◇ ◇
11月18日 金曜日 17時20分
私立祐久高等学校 屋上
#Voice :
もう一度、屋上を訪れた。
暗い夕焼け空に立ち尽くした。
今日、昼休みに、衝撃的な光景を立ち聞きした。
萩谷瑠梨が、自らの身体を切り裂かれる妄想を語っていた。相手は、俺じゃない。星崎先輩と、鹿乗だ。
木瀬が怖かった。
だから、萩谷がいじめられていても、俺は何もできなかった。
俺は、容姿が悪い。中学の時は、どちらかといえば、俺がいじめられる側の人間だった。だから、木瀬に机を蹴られるたびに、怯えた目を揺らす萩谷の気持ちがわかる。
クラスのヤツらは、何もしなかった。
担任の姫川先生もだ。新任教師は、美しいが、生徒を掌握する能力は残念なレベルだった。萩谷がいじめられていることに、気づいていないのだ。
もっとも、平和なクラスなら姫川先生のやり方でも良かった。しかし、このクラスには、木瀬がいた。
鹿乗もだ。あいつは成績が良く、容姿もいい。だから、他人を見下して命令する。
萩谷に対しても、いじめを無視して、ただクラス委員の仕事を命じていた。
許せなかった。
だが、俺もまた許せない種類の人間だった。
俺の代わりに萩谷がいじめられっ子の枠を埋めてくれる。
萩谷がいじめられている限り、俺は安全だ。
そんな卑屈な思いが、いつの間にか、萩谷の姿を俺に追わせた。
電車で登下校する様子は、途中から同じ車両に乗り合わせて見詰めた。
図書室での勉強でも、俺は少しだけ離れた席に陣取っていた。
お昼休み、ひとりきりで屋上でお弁当を食べている様子も、隠れて見詰めていた。
いつか勇気を振り絞り、となりに並んでお弁当を食べたいと、心の底では願っていた。そのはずだった。
だが、萩谷がウインナーの話をした。
自身の身体を裂かれる夢を見ると…… 俺は、説明のつかない衝動が体の底から込みあげてくるのを感じていた。
そうだ。木瀬冴香は死んだ。
元いじめられっ子の俺にとって、恐怖だった木瀬は、もういないんだ。
◇ ◇
11月17日 金曜日 18時10分
乗換駅 4番ホーム
#Voice :
「あれ? どうして?」
お昼休みに、星崎先輩と鹿乗くんから、タブレットパソコンのことを尋ねられた。
でも、あれは先週一生懸命に探しても見つけられなくて、もう諦めていたの。
だけど、気になって、電車の乗り換え時間に、スマホから私のアカウントにログインしてみたの。
「位置情報が今日も更新されている?」
動いていないけど、位置情報を取得できた時間だけが更新されているの。まさかと思った。だって、もう10日以上も過ぎている。バッテリーが切れて、自動的にシャットダウンしたはず。
誰かが充電しているとしか……
でも、星崎先輩から聞いた話だと、タブレットパソコンは、籠川さんが持ち出して、名倉くんに渡したっていうの。でも、名倉くんは……
「明日、星崎先輩に相談してみようか」
ちょうど乗り換え電車がホームに滑り込んできた。私は、スマホを仕舞った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます