第30話 ご挨拶をお願い
11月21日 月曜日 16時30分
私立祐久高等学校 生徒会室
#Voice :
授業後、生徒会室を尋ねて、昨日気づいたことを伝えたの。
「すみません。先週のお話、訂正します。私のタブレットパソコンはいまも稼働中です」
「伝えてくれて、ありがとうね」
星崎先輩はふんわりお礼をいってくれた。
「ということは、呪いのアプリがいまも走っているのか」
鹿乗くんは、相変わらず眼つきがきつい。知性で武装した眼差しの強さには、憧れるけど、怖くて真っすぐには見られない。
スマホから、私のアカウントにログインして、『端末を探す』機能の画面を見せた。
「私のタブレットパソコンにはGPSはありません。通信経路からの推定で得られた位置情報のはずです。誤差を含んでいますから、高校の敷地内? というレベルの精度しかないです」
「ということは…… 旧校舎理科準備室が一番アヤシイのか?」
鹿乗くんが、窓の向こう、夕焼けを背にシルエットになった旧校舎を眺めやった。
「電源と電波の両方がある場所と考えるなら、木造の旧校舎は候補に入れるべきでしょうね。WIFIではなく、通信事業者のデータ通信で繋がっているのでしょう。鉄筋コンクリートの新校舎は電波が弱いから。あと、電源もあるとなると……」
星崎先輩は考える仕草をした。
「探しに行くしか、ないかな」
「えっ!? それは危険すぎる。もう夕暮れ時だし、木瀬が殺害された時間帯に近い…… です」
鹿乗くんは、思わず声を荒らげてから、慌てて丁寧語に直した。星崎先輩には、さすがの鹿乗くんも敬意を払っているのね。
「大丈夫な気もするけど……」
星崎先輩が、そういうと、ちらりと私を見た。
――?
「信じていいのか? 俺は正直にいって、さすがに信じる方に掛けたいが」
鹿乗くんもわたしを見て、そう言うの。
「私…… ですか?」
私は、意味が解らず、聞き返した。
「あのな……」
言いにくそうに、鹿乗くんが切り出した。
「萩谷は、あの呪いのアプリに、なんてお願いしたのか、覚えているか?」
あっ……!
言われて思い出した。
「そういえば、仲間が欲しいってお願いしたら、ヒトヒトさんたちをもらいました」
ど忘れしていた。
あの時のことは、頭痛がひどくて、記憶がまるで夢の中のように、あやふやなの。
星崎先輩と鹿乗くんが、私のこんな様子を、さすがに引いた様子で見つめている。
「ヒトヒトさんたち、真っ黒なだけで、怖いわけじゃないと思うんですけど」
だって、ヒトヒトさんたちがいると、寂しくないし、もう慣れちゃったの。
星崎先輩と鹿乗くんが困惑したように顔を見合わせた。
「あのね、萩谷さん、見て欲しい動画があるのだけど、いい?」
「あ、はい」
星崎先輩は、生徒会室のパソコンを起動して、可愛いピンク色のUSBメモリーを差した。鹿乗くんは、生徒会室のドアを施錠して、カーテンまで閉めた。
「ふたつお願いしたいことがあるの」
星崎先輩は、動画再生アプリを立ちあげたところで、マウスに手を添えたまま、私にいう。
「ひとつは、いまから見る動画のことは、誰にも内緒にしてほしいの」
「はい」
「もうひとつ、とてもショッキングな動画だから、耐えられなくなったら、すぐ教えて。すぐ再生をやめるから」
「はい」
私が応えると、星崎先輩は、マウスをクリックした。
薄闇の旧校舎を撮影した動画が流れ始めた。
◇ ◇
結局、動画を最後まで見てしまった。
旧校舎の外階段は、トマトケチャップを撒き散らしたように、紅く染まっていた。
確かにショッキングな絵だった。
それに、動画には黒い人影がゆらゆらといくつも重なり合いながら、写り込んでいる。なるほど、と思った。
「ごめんなさい。悪気はないの。でも、どうしても確かめたいことがあるの。この動画に写っている人影みたいなモノは……」
星崎先輩の戸惑う声が、私を気遣いながらも、真実を求めていた。
「ヒトヒトさんです」
だから、見たものをそのまま答えた。
「この動画は、籠川さんが撮影したのですか?」
「ええ、そうよ」
「それで、籠川さんは警察に連行じゃなくって、保護されたんですね」
私は、やっと理解が繋がった気がした。
「萩谷、木瀬を殺したのは、まさか……?」
鹿乗くんが赤らんだ瞳で、私を見詰めて問うの。
「ううん。違います。ヒトヒトさんはたくさんいるんです。私に寄り添ってくれる子たちは、こんなことしないと思います」
否定した。
だって、私は木瀬さんを、ぐちゃぐちゃに握りつぶしたいなんて、望んでいない。
みんなで仲良くしたいだけなの。
だって、木瀬さんや名倉くんが、いなくなって、机に花瓶を飾ったけど、喪失感しかなかった。
「しかし、呪われているんだぞ。ふたりも死んでいる。シビトの群れを従えているなんて、異常も度が過ぎている。キミは……」
「鹿乗くん、やめて!」
星崎先輩が割って入った。
「鹿乗くん、落ち着いて。
あの、萩谷さん、あなたのヒトヒトさんと、それ以外のヒトヒトさんは、見て区別できるものなの?」
「難しいです。外見だけでは、見分けはつかないです。でも、私のヒトヒトさんは、いつも私の傍に寄り添ってくれます。ですから、私の傍に寄り添ってくれる子たちが、私に寄り添ってくれるヒトヒトさんです」
星崎先輩がちょっと困った顔をした。
「あれ? 素直に感じているとおりに伝えようとしたら、日本語ヘンだったですか?」
「大丈夫、理解できました。いま、生徒会室にいるヒトヒトさんが萩谷さんに従属している子たちで、旧校舎のまわりを歩いている子たちがそれ以外のヒトヒトさんですね」
「はい。そうです」
星崎先輩は、ふんわり平然としている。さすが、鈴守神社様の神職の娘さんだと思った。ちゃんと見えているんだ。
「え? えっ? いま、生徒会室に?」
素っ頓狂な声を漏らしたのが、鹿乗くん。科学的な思考の持ち主には、見えないモノだってあるの。理不尽だけど、ごめんね。
「いるよ。ほら、ここに」
生徒会室の奥の端を指さした。
星崎先輩は、いつもどおりふんわり笑っていた。
鹿乗くんは、必死に目を凝らしている。
「ご挨拶、お願い」
私がヒトヒトさんたちに求めると、ゆらりゆらりと生徒会室が地震のように揺れた。空気自体が波打っている。
「な、なっ、地震!?」
鹿乗くんには、何も見えない。でも、遠方地震のような長い周期のうねりは感じられるはず。
「だいじょうぶです。ヒトヒトさんたちが鹿乗くんにご挨拶しただけです」
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