第11話 僕の半分が起こした犯行
11月8日 火曜日 21時55分
私立祐久高等学校 パソコン室
#Voice :
まるで、僕じゃない別人みたいだった。
夜間のパソコン教室に侵入して、無心で作業をしていた。
夢中で作業しているときは、無意志のうちに作品を作り上げていることがあるだろう。まるで、あんな感じだった。
この時も、脳の中の変なスイッチが入ったかのような感覚だった。
――意識。
僕たちが、意識と呼んでいるのもは、いったい、何なのだろうか?
魂とか、心とか、人格とか、自分自身とか、クオリアとか…… いろんな言葉で表される、意思決定を司る何かが頭の中にいる。そう感じている。
でも、僕たちの頭の中には、小人はいない。小人が操縦席に座って、僕を操っていたりなんてことは、ない。
実際に頭の中にあるのは、左脳と右脳というふたつの大脳だ。
このときの僕は、「沈黙の悪魔というべき右脳」に支配されていた。
きっと、そうだ。
中学生時代に、ずっと、いじめられてきた僕の記憶は、右脳に蓄積しているんだ。そして、この世界に反攻するチャンスを待ち続けていたんだ。
そうなんだ。僕の頭蓋骨の中には、脳梁で繋がったふたつの脳がある。
しかも、ブローカ野やウェルニッケ野など言語中枢は、左脳だけにある。
だから、左脳は、僕を代表して、他人に対して、僕という人物像を語り、「僕は僕だ」と主張している。周りの人たちも、僕の左脳の言動を見聞きして、僕という人物を評価している。
しかし、左脳は半分だけの僕なんだ。
左脳は、右脳が何を考えて望んでいるのか? 本当はわかっていない。左脳は、生まれて以来ずっと、狭い頭蓋骨の中で一緒に過ごした長い付き合いだから、右脳のことを理解しているつもりになっていたんだ。
恐ろしいよ。
僕は、僕の半分でしかない僕に、支配されていたんだ。
僕の半分が、僕の支配者になったんだ。
だから、僕のしたことは、僕のしたことだけど、僕のすべてがこんな恐ろしいことを望んだわけじゃない。それは、わかってほしいんだ。
◇ ◇
萩谷のタブレットパソコンの内部ストレージを検索した。
ブラウザからのダウンロードを保存したフォルダーに、問題のアプリのインストーラを納めた圧縮ファイルはあった。
その圧縮ファイルを、持参したUSBメモリーに移した。
さらに、学校のパソコン室からアクセスして、学校の共有ファイルサーバーにも保存した。
圧縮ファイルの状態では、誰も気づかないと思った。
あとから思い出しても、このとき、僕が具体的には、どんな手順で、ファイルの保存操作をしていたのか、思い出せないんだ。まるで、僕は何者かに操られているかのように、学校のファイルサーバーに侵入していたんだ。
◇ ◇
11月8日 火曜日 22時55分
私立祐久高等学校 パソコン室
#Voice :
そのとき、急にパソコン室のドアが開いた。
「キミ、こんな時間になにをしているの?」
突然に、声を掛けられた。
僕を占拠した僕の半分は、この突発的な事故に対処できなかった。
まさか、こんな深夜に誰か来るとは思わなかった。教職員だってもう帰宅しているはずだと思っていた。
いや、頭の中で思考が停止していて、実は、何も考えていなかった。
無断使用したパソコンの画面には、萩谷のタブレットパソコンから抜き出したイラストが表示されていた。萩谷の中学生時代の写真もある。水泳部での水着姿もあった。個人情報を勝手に漁っていた。
その犯行現場を、完璧な証拠を見られてしまった。
僕の半分は、焦りまくった挙句、事態の収拾を本来の僕に押し付けて、脳裏の奥底に逃走した。
いわゆる「我に返った」瞬間が、被疑者になった僕に訪れた。
沈黙の後、僕は立ちあがり頭を下げた。
「すみません。あずがった萩谷のタブレットパソコンが気になって、勝手にストレージ内のファイルを閲覧していました」
本来の僕は、素直に犯行を認めた。もう、どうしようもなく降参した。
「素直に話してくれてありがとうね。このことは私が預かりますね。大丈夫だから、悪いようにしないから……」
まるで天使の言葉のように感じた。
僕は、このとき、救われたと勘違いしてしまったんだ。
だから、僕は油断していた。
いや、ただただ、この気まずくて恥ずかしくて、狂気の色をした場面から、逃げ出したかったんだ。
「あとは、私が片付けておきますから、キミはもう遅い時間だから、下校しようか?」
そういわれた。僕は、ロボットのように、カクカクとうなずいて、その場から走り去ってしまった。
翌日、朝、気になってパソコン室を覗いた。
何事もなかったかのように、片付けられていた。
僕は、安堵した。
でも、学校のファイルサーバーの中までは確認していない。
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