第10話 呪いのアプリは犠牲者たちを操る

11月8日 火曜日 21時20分

下校途中 祐久市内住宅地 東梅川2丁目バス停


#Voice :野入のいり 槻尾つきお


 あのヤバいアプリの催眠から解放されたのは、ひとりで自宅へ歩いている途中だった。朦朧とした意識のままバス乗りここへ来たらしい。


 振り向くと、いま、降りたはずのバスが走り去っていくところだった。

 夜風に吹かれていた。


「あっ……!?」

 俺は、ふいに意識がはっきり戻って、前述のとおり、とんでもないことをやらかしたと、自覚した。だが、この段階では、俺の認識は、まだオカルトを信じていなかった。ただ、気持ちの悪いアプリに催眠状態になり、えぐい体験をしてしまった。


 明日、学校で青木と広田に会ったら、めちゃくちゃ恥ずかしい。ばつが悪すぎる。

 そんなレベルの危機感だったんだ。

 まさか、数日後に、名倉があんなことになるなんて、誰が呪いなんて非科学的なモノを信じるんだよ! 俺は、このとき全く信じていなかったんだ。


 だから、気持ち悪いアプリのことは忘れようとした。

 俺は、悪くない…… 悪くない。


「あ、あれ?」

 意識が戻ると同時に、気がついた。


「タブレットがない?」

 そうだ。緋羽から預かったあのタブレットを包んだ紙袋がなかった。


「どこに? だれが……?」

 頭痛に霞んだ記憶をたどったが、肝心な場面を思い出せない。

 青木と広田、どちらかが持ち帰ったのか?

 それとも、大講堂の舞台裏に置き忘れてきたのか?


 すぐに青木と広田にLINEを送ったが、返信はなかった。

 そのあと、俺の意識からは、あの気持ちの悪いアプリのことは消え失せていた。緋羽から預かったタブレットを失くしたことさえ、頭から消されていた。

 俺は記憶までも操られていたんだ。



 ◇  ◇



11月8日 火曜日 21時50分

私立祐久高等学校 パソコン室


#Voice :広田ひろた 鏡司きょうじ

 妖しげなアプリに幻覚を見せられたと、思った。

 頭痛がひどかった。

 いつも持ち歩いている市販の頭痛薬を飲んだ。 

 

 後にして思えば、薄気味悪い出来事だった。

 大講堂舞台裏倉庫で、あの気味の悪いアプリを起動した。

 三人でコックリさんもどきの気持ち悪いオカルトじみた儀式をした。頭がおかしくなったのかと、思うくらいに異常な出来事だった。


 そして、オカルト儀式が終わると、青木と野入はふらふらと夢遊病者のように立ち去った。


 僕だけが、残されていたんだ。


 僕は、照明も消されて暗闇になった大講堂舞台裏倉庫で、ぼんやり立ち尽くして、タブレットパソコンを見詰めていた。


 キュービットさんとかいうアプリは画面から消えていた。終了したのではなく、タスクトレイに引っ込んでいた…… と、思う。


 そして、僕はここへ来た本来の目的を不意に思い出したんだ。


「そうだ。こいつに萩谷の描いたイラストが保存されているはず……」

 僕は、ポケットに突っこんだままだったUSBメモリーを引っ張り出していた。



 ◇  ◇


 

11月8日 22時10分

私立祐久高等学校 パソコン室


#Voice :広田ひろた 鏡司きょうじ


 萩谷の描いたイラストをUSBメモリーに保存した。予想どおりにメルヘンな可愛らしいイラストだった。率直に感想を言うと、女の子向きというか、僕には物足りない感じだ。


 むしろ新鮮な驚きがあったのは、中学生時代の写真データを見つけた時だった。

 萩谷が笑っていた。

 中学校のセーラー服姿の萩谷が、仲間に囲まれて笑っている。いまより微かに幼顔だが、あの萩谷に対等な関係の仲間がいたという事実が、僕には衝撃的だった。


 いま、クラスでは萩谷のポジションは、しつけがいのある犬だ。

 面倒を押し付けられるだけの、それだけの存在だ。

 しかし、成績は良い。

 スタイルもルックスも良い。

 誰に対しても親切な面があり、悪く言えばお人好しだ。


 木瀬に虐められていなければ…… あるいは……

 だが、クラスの誰もが暴力的な木瀬には、逆らえない。

 火の粉が自分に降りかかってこなければ、いじめの被害者が萩谷ひとりで済むのならば、現状を変えたいと思うやつはひとりもいない。


 木瀬がいる限り、萩谷がいじめられ続ける現状は変わらない。


 俺は、そう、思っていた。

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