第9話 信じてくれ、俺はこんなことを願ってはいない。

11月8日 火曜日 20時20分

私立祐久高等学校 大講堂舞台裏倉庫


#Voice :野入のいり 槻尾つきお


 その時の俺は、魔がさしていたんだ。

 緋羽から、萩谷のモノだというタブレットパソコンを預かった。

 緋羽から受け取ったとき、俺の気持ちに嘘偽りはなかった。


 だが、つい、好奇心からタブレットパソコンを起動した。

 萩谷が、あの優等生美少女が、どんな絵を描いているのか? 純粋に好奇心からの行動だった。



 ◇  ◇


 

11月8日 火曜日 20時50分

私立祐久高等学校 大講堂舞台裏倉庫


#Voice :野入のいり 槻尾つきお


 何か悪いモノに憑りつかれた―― とは、こういう状態をいうのだろう。

 俺は、パソコンを起動した直後に眩暈を感じた。

 その後の記憶が、ない。


 いや、なぜ、こんな行動をしたのか?

 なぜ、こんな考えを抱くに至ったのか?

 それが俺の記憶から欠落していた。


 俺は、クラスの友人、数名にLINEを送っていた。

 実際に集まったのは、青木郁吏と広田鏡司のふたり。


 下校時刻を過ぎた校庭には誰もいない。教務棟の職員室には、まだ灯りが付いていたが、校舎はもう施錠され夕闇に包まれていた。


 俺たちが向かった先は、校庭のはずれにある大講堂だ。

 旧校舎ほどじゃないが、こちらも古い造りだ。補修はされているが、細かいところはガタが来ていた。

 窓枠が歪んで、施錠の掛け金が掛からない場所があるのを、俺は知っていた。

 もちろん、新校舎側の敷地にあり、広いこともあってか機械警備は付いていない。


 窓から舞台裏倉庫へ忍び込んだ。

 折り畳みいすを3つ並べた。

 机は、舞台裏にあった適当な段ボール箱で代用した。


 段ボール箱の上に、タブレットパソコンを置いた。

 俺と、青木と、広田の三人で始めたのは、あのコックリさんに似た怪しげなアプリだった。


「キュービットさんですか? 量子的な呪術のアプリとは、これはエグイものに手を出しましたね」

「これ、萩谷のタブレットなのか? あいつ、まじめ腐った顔して、こんなヤバいものをやっていたのか?」

 アプリの起動画面を見た広田と青木が、それぞれに感想を述べた。


「いや、こいつの出どころは、おそらく木瀬だ。萩谷は無理くたインストールさせられたらしい」

 俺は、昼休みに、木瀬が萩谷を蹴り飛ばしている場面を見ていた。

 木瀬は、このエグいアプリを「願い事が叶うアプリ」と呼んでいたはずだ。


 俺は、昼休みに見た木瀬と萩谷の様子、このタブレットパソコンが籠川、飯野を経由して俺のもとにある経緯について、ふたりに説明した。

 青木と広田は納得したらしい。

 そして、俺たちの興味関心は、本題だった「萩谷の描いたイラストを見たい」に移った。


「まあ、オカルトは女子に任せて、僕としては萩谷のイラストを頂きたいですね」

 広田が眼鏡をギラつかせて、USBメモリーを取り出した。


「さすがに、こんな気持ち悪いものには関わりたくないな」

 青木も首肯した。


 俺も…… そのつもりだった。そのはず…… だったはずだ。

 

 だが、この直後から記憶が曖昧なんだ。

 まるで夢の中の光景を見ているかのような…… 

 俺たちは、なぜか、何かに操られていたように、キュービットさんを始めた。


 後で思い出した。

 あの機種のタブレットパソコンには、カメラもマイクも付いているはずだ。

 WEB会議にも使えたはず。


 ―― 俺たちの会話が、のかも知れない。

 俺たちは、何者かに操られていたんだ……



 信じてくれ。

 俺は、本心ではこんな恐ろしいことなど、考えたこともない…… はずだ。

 俺は、いくら何でも、こんな腐ってはいないはずだ。



 ◇  ◇



 記憶をたどる。

 頭痛と眩暈、軋むような耳鳴りに支配されていた。薄暗い大講堂の舞台裏倉庫で、俺たち三人は、額を突き合わせるようにタブレットパソコンを囲んだ。

 画面をぬるぬる動く円形カーソルを、それぞれが息をつめて指で追った。


 広田が、歪んだ願い事をつぶやいた。

 ―― 萩谷瑠梨を、屈服させて泣かせて支配したい。成績だけがニンゲンの価値じゃないことを、あの女に思い知らせてやりたい。


 青木が、笑った。

 ―― 鹿乗を潰してやりたい。俺たちを見下し、不当に支配する生徒会のヤツラを悲惨な目に遭わせたい。


 俺は…… 勘弁してくれ。俺は、なんであんなことを……

 俺の言葉に、十円玉を模した円形カーソルが反応した。


 「な」「く」「ら」「あ」「し」「ゆ」「き」「を」「け」「す」「い」「い」「の」「ひ」「わ」「を」「あ」「た」「え」「る」


 頼む。信じてくれ。俺は、誰かの悪意に操られていたんだ。

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