第2章 犠牲者たちは、まだ知らない
第12話 鹿乗くんは笑わない
11月15日 火曜日 8時30分
私立祐久高等学校 弓道場
#Voice :
ブルーシートで囲われた弓道場に、警察関係者が頻繁に出入りしていた。
登校した生徒たちは、続いた凶事に驚き、少人数の輪を作って話し合っている。
犠牲者は、
弓道場の的の前で、全身から矢が生えた状態で死んでいたらしい。「らしい」というしかないのは、さすがに俺たちは現場を見せてもらえないからだ。
教師たちが小声で話し合う際に、漏れ聞こえてきた言葉から察するにそうなる。
身元確認のため、いま、担任の真理子先生がブルーシートの中へ入っている。
名倉は県外からこの学校へ進学していた。
両親はいますぐには学校に来れないらしい。だから、名倉の顔を知っている大人で、保護責任者に当たる人物として、担任の
クラス委員長である俺の仕事は、このあと、おそらく失神寸前の状態で戻って来るであろう、美人教師を職員室までエスコートすることだ。
初めて受け持ったクラスで、こんな事件が立て続けに起きたら、新任教師のメンタルは、無事はないではだろう。
クラスの方は、副委員長の
待つこと、10分。
ハンカチで目元を押さえた真理子先生がブルーシートの間から出てきた。警官に付き添われているが、意外にもしっかりとした足取りだ。
「先生、おはようございます。職員室までお供します」
俺は駆け寄った。
「あ、おはようございます。鹿乗くん…… あ、彼は、クラス委員長です」
警官が怪訝そうな顔をしたことに、先生が気付いて、フォローを入れてくれた。
「1年2組クラス委員長の
先生のフォローに合わせて軽く警官に挨拶した。この場は早々に切り上げて、蒼ざめた様子の先生を職員室へ連れて行きたかった。
「あ、鹿乗くん、ちょっといいかな?」
いま挨拶した警官とは、別の方向から呼ばれた。
振り向くと、私服警官と思われる中年の男が、俺を見据えていた。
「10分後でしたら、とりあえず職員室まで行きたいので……」
何となく嫌な感じがした。
◇ ◇
11月15日 火曜日 8時40分
私立祐久高等学校 教務棟 生徒指導室
#Voice :
「県警本部、捜査一課の内津です」
警察手帳を提示された。
事情聴取の場所は、教務棟1階の生徒指導室を借りた。
「心配しないで欲しい。実は、キミを除くクラス全員の生徒に日曜日の事件に関して事情聴取をしているんだ。キミだけまだ話をしていなかったので、ね」
内津刑事が笑う。得体の知れない笑いだ。
日曜日の…… 木瀬のことか。
「被害に遭った女生徒は、事件当夜、キミを除くクラスメイト全員に電話連絡を試みている。キミだけが除外されている理由に心当たりは?」
予想どおりの質問だった。
「可能性はふたつあると思います。
ひとつは、俺に電話を掛ける前に殺害された。副委員長がラストということは、次は、俺だった可能性はあると思います」
「なるほど」
「もうひとつは、助けに来る可能性がない人間を除外した」
メモを手にした内津刑事の眼光が一瞬、鋭くなった気がした。
「俺と、萩谷は、このクラスでは浮いてますから」
「特進枠の生徒さんでしたね」
首肯した。
祐久高校では上位5パーセントの生徒は、授業料を免除される。俺と萩谷は入学試験でこの上位5パーセントに入り、現在まで成績を維持していた。他の生徒は、色々と思うところがあるのだろう。
もっとも、萩谷はあの性格だ。
悪く言えば気弱で優柔不断。良く言えば、しつけ甲斐のある子犬。他の生徒からは、弄られている。
他方、俺は、誰とも必要がなければ話さない。接点がなかった。
木瀬が生命の危機に晒されても、俺を頼らない可能性は十分にあると思っていた。
「木瀬は、なぜ、警察に電話しなかったんだ? クラスメイトよりも早くて確実だ」
俺は、当たり前の疑問を刑事に投げてみた。
学校の近くに自宅があり、徒歩や自転車で通学している生徒を頼るなら、まだ理解できる。しかし、萩谷に至っては、県外から電車通学していた。電話が通じたとしても、間に合うタイミングで救援に駆けつける可能性はない。
内津刑事は、微妙な苦笑いをした。
「現場は異常な状況なんだ」
絶対に他言無用と口止めされて、ごく一部だけを教えられた。
木瀬は、胴体を握りつぶされていた。死因は圧迫による内臓破裂。
名倉は、全身の筋肉から矢が生えていた。
あり得ない話だと、内津刑事もため息をついていた。
巨人か巨大ロボットでもない限り、人間の胴体を握りつぶすなどできるはずがない。しかも、殺傷された場所は、旧校舎の外階段だ。折り返し階段の途中だ。狭く不安定な足場の場所であり、とてもじゃないが、巨大なモノは入れない。
名倉に至ってはなおさらだ。
矢を射られて死んだのではない。身体の中から矢が生えたのだ。筋肉組織が竹繊維に変化して、それが内から外へ身体を突き破った。全身に渡るその傷口から大量出血したことが死因らしい。
怪異、超常現象、魔術、呪い……?
警察としては、そんな調書を作る事態に頭を抱えている―― そういうことを言いたいらしかった。
もっとも、俺はこの段階では、適当にごまかされたとしか認識していなかった。本物の捜査情報を軽々しく話すとは思えない。高校生が相手なのだ。怪奇現象とでも言って、適当にあしらわれたのだと思っていた。
俺としては、警察の事情はどうでも良いが、真理子先生は気がかりだった。
24歳、新任教師で、担当は日本史と世界史。
少なくとも、俺にとってはクラスの中で一番の美少女は、この真理子先生だった。
退屈な学生生活にあって、唯一のオアシスともいうべき存在だったのだ。
だから、立て続けにクラスに起こった凶悪事件が、真理子先生のメンタルに悪影響を及ぼす可能性を危惧していた。せっかく引き当てた美少女教師だ。こんなバカげた事件でどうにかなるのはもったいないじゃないか。
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