第13話 星崎先輩は気がついた
11月15日 火曜日 16時30分
私立祐久高等学校 北棟4階 生徒会室
#Voice :
「どうしたの? キミにしては、珍しく浮かぬ顔をしているね」
さすがに、朝からこの騒ぎだ。少しくらい気分が落ちても不思議ではないだろう。
「警察に何か言われたの?」
サラサラの黒髪を降ろした星崎先輩が、俺の顔を覗き込んでくる。
「それとも、気になることでも……?」
整った雪肌で、スタイルも良い。日本人形がセーラー服を着ている、そんな雰囲気の美少女だ。鈴を転がすようなきれいな声が、微かに笑みを含んでいる。
「特に、問題はないです」
星崎先輩のことは嫌いではない。しかし、俺が学校の中で作っている対人関係の障壁を意にも介さず、踏み越えてくるのが、苦手なだけだ。
2年生だが、生徒会書記長に選ばれたあたり、隠れたカリスマ性があるらしい。本校の生徒たちにとっては高根の花というべき存在だろうか。
クラス委員である俺は、しばしば生徒会に呼び出されて、雑用を頼まれていた。
それなりに歴史と伝統がある私立祐久高校では、生徒会が主体的に行事を取り仕切る組織として機能していた。
入学式後の新入生歓迎会に始まり、球技大会に合唱コンクール。もっとも大きいイベントは秋の学校祭だが、そんな感じで卒業式の後の謝恩会に至るまで、年間を通じて、何かしらの行事に生徒会は携わっていた。
ゆえに、「この輝かしい伝統」を守り継ぐために、1年生、特にクラス委員は積極的に生徒会活動に参加をさせられていた。雑用を手伝いながら、生徒会活動に精通してゆくことを求められているのだ。
そんな事情があるから、星崎先輩ほどの美少女を前にしても、俺は憂鬱だった。
いつもどおり、ぶっきらぼうに答えたが……
「えっと、私はキミにちょっとお願いがあるのだけど……」
すっと、デジタルビデオカメラが差し出された。コンパクトサイズで、「祐久生徒会」とテプラが貼られている。
「これを復元してほしいの」
「あ、はい。でも、いまは……」
さすがに気分的に勘弁してほしかった。同じクラスからふたりも立て続けに、不審死の犠牲者が出た。警察は俺たちを疑っているんじゃないか? そんな嫌な気分にもなっていた。
それなのに、星崎先輩はお構いなしに、コンパクトビデオカメラを俺の手に押し付けてくる。
1年生でクラス委員長の俺は、たびたび生徒会から雑用を頼まれていた。
星崎先輩から、こんな感じに生徒会の備品管理の手伝いを依頼されることもあった。
デジタルカメラのデータ復元という依頼は、たぶん、どうでも良い厄介ごとだろう。いずれにしても、いまは、そんな気分じゃない。
だが……
「いま、すぐ、やってほしいの」
「なんでですか」
「無断使用された形跡があるから、日曜日に……」
星崎先輩はぶっきらぼうにいう。
俺は、その可能性に気づいて、慄然とした。
◇ ◇
11月15日 火曜日 17時20分
私立祐久高等学校 南棟2階 パソコン室
ちょっと迷ったが、学校のパソコン室を借りることにした。
この段階でも俺は、どうせ無駄でどうでも良い画像が削除されているだけだろうと、タカを括っていた。柔道部やサッカー部の暑苦しい青春の汗みたいな動画しか、入ってないんだろう、と。
そうだろう。
無断使用された形跡があるだけだ。
生徒会にお小言を言われるのが面倒で、無断使用したヤツがデータを削除して証拠を隠蔽したつもりなのだろう。
削除されたデータを復元したら、とんでもない写真や動画が見つかりましたなんて、ご都合主義な展開なんてあるわけがない。
生徒会書記長、星崎あずさ先輩は、生徒会の備品管理も仕事にしていた。運動部の大会や交流戦、文化部の発表会など、何かとデジカメやビデオの需要はある。
いまどきのスマホでも撮影はできるが、望遠での画質は高倍率機のデジカメには及ばない。
吹奏楽部の発表など、観客席から離れたステージを撮るとなれば、デジタルビデオに勝る機器はない。
結果、毎月、それなりに貸し出しが行われ、ときどき紛失している。貸出簿を備え付けてあるが、守らない生徒は多い。とくに運動部の脳筋どもはダメだ。
ゆえに、星崎先輩は、SDメモリーカードの裏面製造シリアル番号まで控えて、貸出簿を作成していた。個人情報保護やセキュリティ管理も含めて、記録媒体の抜き取りを抑止する狙いがあるらしい。
SDカードを抜き出し、アダプター経由でパソコンへUSB接続した。
記録媒体を復元するアプリは一般にも出回っている。
無料で使用できるものや、インストール不要のものもある。
記録媒体での削除は、データを管理している領域を「削除」にステータスを書き換えるだけであり、データそのものを抹消したわけではない。このため、「削除」した直後の状態からならば、高確率で元に戻せるのだ。
いくつかの操作を試した後、ファイルマネージャーに、11月13日 21時20分のタイムスタンプを持つ動画ファイルが復活した。
さすがに、時刻までピッタリだと…… 俺は息を呑んだ。
「先輩、これ再生しても良いんですか?」
「うん。お願い」
星崎先輩の声に押されて、俺は問題のファイルを開いた。
動画再生アプリが起動した。
俺は、言葉を発することさえできずに…… 凄惨な画面を凝視していた。
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