第34話 野入くんは自らの願いに、戦慄した
11月22日 火曜日 10時40分
私立祐久高等学校 生徒会室
#Voice :
「すまない。わからないんだ」
野入は、短くそう詫びた。
2時間目の後、俺は、野入の席に歩み寄った。
「話がある」
そう伝えて、廊下へ引っ張り出した。
昨日、星崎先輩から言付かった依頼のひとつめだ。
「飯野から聞いた。萩谷のタブレットパソコンはおまえが預かっているのか?」
単刀直入に聞いた。
野入は水泳部所属で、確か、バタフライが得意種目だったと記憶している。そう、萩谷とは部活動でも顔を合わせる関係だ。だから、飯野からあのタブレットパソコンを預かったのだろうと、想像していた。
それに、野入は、俺としても話しやすい相手だ。
大柄で筋肉質な体躯をしているが、見た目よりも気さくで話しやすい。会話の理解力もあるし、クラスでは男女を問わず気遣いもしてくれる。
何かイベントなどで手伝いがほしい場面には、野入は必ず率先して動いてくれる。クラス委員長の俺としては、秘かに感謝していた。
「すまない。変なアプリがインストールされていたんだ。信じてくれないかも知れないが、頭痛がひどくて、あのとき、何か起きたのか、記憶が途切れ途切れにしか残っていない」
自信なさげに野入は首を振りながら話した。
「大丈夫だ。おまえの言葉は信じる。それに、あのタブレットのことは……」
俺は、迷ったが、野入を信じた。
あの『キュービットさん』というアプリの危険性について、情報の一部を話した。
「まさか、そんなことが……」
言いかけて野入は、口ごもった。
何かを思い出して、記憶を探すような…… 目線が、数秒間だが、宙を泳いだ。
そして――
「あのとき…… そうだ。大講堂舞台裏倉庫に行ったんだ。そこで、青木と広田が来て……!」
断片的な記憶を手繰る野入の表情が、強張った。
「まさか、俺なのか……!?」
何かの恐怖を思い出したかのように引きつった顔が、俺を見据えた。
「あのアプリ、願い事を聞いてくるんだよな?」
蒼ざめた様子で、野入が俺に尋ねた。
「ああ、俺は籠川が撮った動画でしか見ていないが、願い事を叶えてくれるらしいな。確か、木瀬も願い事が叶うと、教室でも話していたと思うが」
どこまで事実を伝えて良いか迷いながら、俺は答えた。
「いま、思い出したんだよ。俺があんなことを願ったりさえしなければ、名倉は……っ!」
野入は、戦慄いていた。
驚きだった。
大柄な野入が、顔を蒼ざめさせて小刻みに震えていた。野入は、筋肉と勇気の塊みたいな男だ。何より頼りになるし、誰に対しても気さくで礼儀正しい。
「俺…… だったのか!?」
野入は、その場に膝をついて崩れた。蒼白になり震えていた。
「どうしたんだ? おい? おい……」
俺は訳がわからなかった。
仕方なく、教室の中へ声をかけて、保健委員を呼んだ。
保健委員は、クマのように大柄な野入が震えて動かないので、困った様子でスマホで応援を頼んだ。
3時間目開始のチャイムと入れ違いに、保健委員長で3年生の菅生先輩が、スカートを翻して駆けてきた。
「急病人って…… 野入くん?」
少なからず驚いたようだが、野入の様子を確認した。
すぐに、担任の真理子先生も走ってきた。
「えっと、野入くん、立てるかな? 保健室に行くよ」
菅生先輩が野入の腕の下に潜り込むようにして、野入の身を起こした。
「野入くん、キミが倒れたら重くて運べないんだよ。がんばって歩いて」
「め、面目ない。菅生先輩、本当にすみません」
野入はやっと正気に戻ったようだが、まだ、様子がおかしい。声が凍えるように震えていた。
「大丈夫。誰だってダメなときはあるよ。そのための保健委員なんだから」
菅生先輩は、3年生で生徒会では保健委員長。
お世話になる機会の多い運動部のヤツラから、天使と敬われている。
天使から励まされた野入は、やっと、息を吹き返したようだった。
「えっと、野入くんは保健室でお預かりいたします。欠席届はあとで持たせます。ぱっと診た感じ、メンタルに何か強いショックを受けたように見えますが、きっと、大丈夫でしょう」
野入を見送った後、思わずため息が出た。
青木と広田って言ったよな。
俺は頭を抱えた。
サバサバして気の良い野入と違い、トゲトゲして扱いにくい青木、パソコンおたくで闇が深そうな広田―― どっちも話をしたくない。俺は逃げ出したくなった。
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