第6話 紙袋の中身は秘密です。

11月8日 火曜日 7時30分

通学バス車内


#Voice :籠川かごかわ 里乃りの


キュービットさんをした翌日。

早起きして、電車に飛び乗り、始発バスで学校へ登校した。

普段は会わない運動部の生徒たちと同じバスだった。

弓道部の朝練習だろうか、同じクラスの名倉もいた。


「よっ! 籠川、珍しく早いな」

 名倉が挨拶してくる。相変わらず乗りが軽いやつだ。


「どうしたんだ? こんな時間のバスに、運動部でもない籠川がいるとは」

 メンドクサイから無視した。


「見学か? うちの弓道部なら、まだ受付してるぜ」

 たまたま通学バスで隣の席になったからって、馴れ馴れしい。


「なあ、弓道部、いいと思わないか? 女子憧れの弓道部!」

 うっとおしい!

 無視している空気が読めないのか。

 これだから、運動部はバカだから…… と、イラついたところで、何か閃いた。


 そうか、こいつにメンドウを押し付けよう。


「名倉くん、あとで、お願い事があるんだけど、いい?」

 ささやくと、隣の席に座る名倉の顔がぱっと赤くなった。

「あ、ああ、部活の後なら……」

「ええ、お願いしますね」

 つとめて涼やかに微笑んで見せた。何をどう勘違いしたのか、名倉の表情がぱっと輝いた。

 私もやればこれくらいは、できるわ。

 それとも、名倉がちょろすぎるのか。



 ◇  ◇



11月8日 火曜日 7時40分

私立祐久高等学校 旧校舎 理科準備室 


#Voice :籠川かごかわ 里乃りの


 これでも私は、生徒会の執行委員だから、機械警備が朝7時で解除されていることを知っていた。1年生だから、見習いというかお手伝い役だけど。

 急いで旧校舎に駆けた。

 ダイヤル錠の暗証番号なら、昨日、木瀬さんが開けた際に見て覚えた。4桁くらい、ぱっと見たら、すぐ覚えられる。


 旧校舎を歩く。歩くたびに床がギシュギシュと鳴く。

 理科準備室に入ると、壁に括りつけの備品棚の中をまさぐった。ガラスのビーカーや、古びたアルコールランプの陰に、それは隠されていた。


「あった」

 ファッションブランドのロゴ入り紙袋に包まれて、萩谷のタブレットパソコンが隠されていた。これ、木瀬さんの趣味だろうけど、ね。


 だけど、わたしはここで小さなミスをした。


 紙袋からタブレットを引っ張り出して、確認した。

 そのとき、消灯していたはずの画面に触れてしまった。


 すると……


 画面が点灯した。

 あの儀式じみたアプリが再起動した。


「なっ!?」

 一瞬だけ、画面を見てしまった。

 急いで顔を背けた。

 横目でなるべく画面を凝視しないように注意しながら、紙袋に戻した。


 眩暈が一瞬したけど…… 慌てて、眼を背けたから、助かった。

 あやうく、あやしげなアプリの催眠術にかかるところだった。


「あぶない。あぶない」

 タブレットパソコンを紙袋に戻した。スクールバッグに詰める。時計を見たらもう8時を過ぎていた。


「うそ、もう、こんな時間、HR始まっちゃう」

 急ぎ理科準備室から駆けだした。旧校舎から渡り廊下を走って戻った。

 途中、朝練が終わったらしい弓道部の連中とすれ違った。


 その中に、名倉がいるのを見つけた。今朝、閃いたアイディアを試そうと決めた。

「名倉くん!」

 呼び止めた。

 名倉がこっちを見た。弓道部の連中と分かれて、こっちに駆け寄ってきた。


「か、籠川、俺にお願い事って、なんだ?」

 名倉の声が緊張していた。バカ。あんたには、厄介ごとを押し付けるんだよ。


「これを…… 少しの間、預かってほしいの」

 名倉は差し出した紙袋を受け取った。

「なに、これ?」

「内緒、中身はぜったいに見ちゃダメです」

 名倉は手渡された紙袋と、私の顔を交互に見て、訝しんだ。

「女の子の秘密か?」

 バカ。何、言ってるんだよ。

「ぜったいに中を見ちゃダメ。もしも見てしまったら、安全は保障できない」

「何気に凄いな。何の最高機密だよ」

 名倉が屈託なく笑う。その笑顔を見て、私は内心で確信した。


 ――名倉のやつ、きっと、後で紙袋の中身を見るよね、と。


 この時点では、私はちょっと悪戯を仕込んだだけのつもりだった。

 そう、萩谷が困った顔をするのが見たかった。


 タブレットパソコンがなくなっていることに気づいたら、木瀬さんは萩谷を責めるだろう。

 きっと、じゃなくて、絶対に。

 それが、いじめっ子といじめられっ子の既定の力関係だから。


 名倉は、紙袋を開いて、タブレットパソコンを起動するはずと思う。

 あの怪しげなアプリは―― まあ、いいわ。

 (後で振り返ると、先ほどまであんなに気味悪がって警戒していたのに、あのアプリのことを、このときは気にしなかったの。その理由に気づいたとき、私は慄然としたのだけど)


 それよりも、萩谷のタブレットパソコンには、たくさんのイラストが仕舞われているはず。イラストコミッションとかやっているらしいから、個人情報もそれなりに保存されているだろう。

 名倉は、パソコンは得意な方だから、萩谷が恥ずかしがるようなデータも探し出してくれるかな?


 萩谷が困れば、それでいい。

 だってね、私は萩谷のことも、木瀬さんのことも、名倉のことも、嫌いだから。

 クラスメイト全員が困ったことになれば、面白いと思うから。

 ねぇ、こんなオカルトじみたトラブルなら、悪戯にはちょうどいいわ。


 特に、萩谷の泣き顔は見たいよね。許せないもの。

 端正な顔立ちも、きれいな黒髪も、透くような雪肌も、チビのくせに生意気なスタイルも……

 そうよ。


 容姿端麗、学業優秀で、許せないくらいに鹿乗くんの隣に似合う。

 毎日、毎日、羨ましい気持ちが、憎悪に変わる―― でも、あの子は、萩谷はこんな汚い気持ちすら、感じる必要すらないんだ。


 だって、あの子は、私にないモノを全部、持っているのだから。

 許せないよね。

 泣けばいいよね。

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