第5話 儀式をしたタブレットは、誰にも知られない場所に隠さなければいけない

11月7日 月曜日 20時30分

下校中 バス車内


#Voice :萩谷はぎや 瑠梨るり


 あのあと、わたしたちの身に何が起きたのか、覚えていない。

 気がついたら…… 本当に気がついたときには、わたしはひとりで帰りのバスに乗っていた。


 鞄を調べたら、タブレットパソコンがなかった。

 どうしよう。

 あのタブレットがないと、絵が描けない。

 描きかけの絵もあのタブレットの中にある。


 どうしよう。


 バスの行き先表示を見たら、もう、学校から遠く場所まで来てる。

 スマホの時計表示を確認して、びっくりした。

 約1時間分、全然、記憶がなくなっていたの。

 記憶が全くないのに、わたし、ちゃんとバスに乗っていた。

 


 ◇  ◇



11月8日 火曜日 12時30分

私立祐久高等学校 旧校舎 理科準備室



#Voice :萩谷はぎや 瑠梨るり


 翌日。

 お昼休みに、旧校舎の理科準備室へ走った。

 途中で教務棟の職員室前に立ち寄り、落とし物ボックスを確認したけど、タブレットパソコンは届いてなかった。


 旧校舎は、授業がある日は立ち入ることができる。

 こんな見た目だけど、掃除当番もいるから、埃やごみはない。壁や床に染み付いたが取れないだけで、清潔に保たれているの。


 理科準備室へ入った。

 見回す。

 どこにも、私のタブレットは見当たらない。


 ふいによみがえった。

 キュービットさんの儀式のあと、木瀬さんが言ったの。


「儀式をしたタブレットは、誰も知られない場所に隠さなければいけない」

 誰にも知られない場所って、どこ?


「翌日に、再び、キュービットさんをひとりですると、どんな願い事も叶う」

 木瀬さんは、けらけら笑って言った―― と、思う。

 そんな記憶の欠片が、微かに残っているような……?


 何か願い事があるらしかった。

 夢や希望があるのは良いことだと思う。でも、こんな方法で叶えようとするのは、絶対ダメだと思うの。


 木瀬さんには悪いけど、あのタブレットは、私にとって大切なものなの。

 タブレットがないと、絵が描けないの。

 

 わたし、インターネットのイラストコミッションサイトで、絵を描いているの。

 もちろん、わたしの画力じゃあ、お小遣い程度にしかならない。


 わたしのお家、あんまり裕福じゃないの。

 私立の進学校へ通うとなると、結構大変だった。

 だから、せめて、通学の交通費だけでも自分で稼ぎ出したかった。

 わがままを言って、県外の私立高校へ進学したのだから、せめて電車やバスのお金くらいは、わたし自身で何とかしたかったの。


 もちろん、学校にも、届け出をして許可を頂いている。

 祐久高校は、アルバイトは許可制なの。

 

 数日後に締め切りが来る絵の依頼を抱えていたの。

 何とかしてタブレットを探し出さなきゃ……


 きっと、この理科準備室にあるはずと思った。

 スマホから、私のアカウントにログインして、「端末を探す」メニューを試してみたの。そうしたら、祐久高校近くのどこかにあると地図表示された。

 だから、隠したのは、ここ、旧校舎の理科準備室だから、誰も触っていないとしたら、この理科準備室のどこかに埋もれているはず、と思ったの。


 でも、いくら探しても見つからない。

 理科準備室の中にある薬品棚やロッカーは、開いた場所は全部、探した。床下収納も気になったけど、施錠されていて開かなかった。


 結局、見つからないまま、時間切れ。

 わたしのタブレットパソコンにはGPSは付いていない。データ通信中の基地局からおおむねの場所を表示ているから、誤差はかなり大きい。


 あとで木瀬さんに隠した場所を尋ねたけど、逆ギレされて、怒鳴り散らされた。

 木瀬さん、わたしの大切なタブレットをどこに隠したか、わすれちゃったらしいの。迷惑だよ。本当に。


 絵の締め切りは、依頼主さんに事情を話して、延ばして頂いた。幸いにして親切な依頼主さんだったから、納期延長を快諾してくださった。


 それにしても、ひどいと思った。

  

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