第4話 呪いのアプリに願ってはいけないことを願った。
11月7日 月曜日 18時00分
私立祐久高等学校 旧校舎 理科準備室
#Voice :
気持ちの悪い儀式を好奇心で録画した。
あとで振り返り思い起こせば、後悔しかない。
どうして、私はこんなことをしたのだろうか。
すすり泣く声が続いた。
木瀬さんが、低くうめいた。
「ぐちゃぐちゃになってしまいたい……」
すると、カーソルがひとりでにするすると動いた。
「はい」
私は口角の端をゆがめて、撮影を続けた。
嫌な思いを押し付けてくる相手が、泣いているのを見物するのは、面白いわ。そうでしょ?
木瀬さんは、操り糸が切れたマリオネットのように、ぐったりとなって、床に転がり落ちた。カメラを向けた。眠っていた。催眠から解放されたらしい。安らかな寝顔だ。こんな顔を教室でもしてくれたら、いいのにね。
しかし、問題は、この後だった。
壊れた人形か、できの悪いロボットのように、機械的に動かされていた萩谷が、ピクリと背中を震わせた。首をあげた。
アプリの画面には、『あなたの心の奥底にある言葉を教えてください』と、表示されていた。
「わたしの願い事ですか? わたしは……」
スマホの録画アプリの画面の中で、萩谷が両手を胸元に重ねた。祈るような仕草が、清楚にさえ見えた。
実際、萩谷はクラス副委員長として十分に働いている。真面目で誰かを差別することもなく、等しくクラス全員のおもちゃにされていた。
成績も学年2位をキープしている。先生方からの受けも良い。
さらに言えば、小柄だがスタイルもかなり良い。
肩までサックリ切り揃えた黒髪はつややかだし、透くような雪肌で、声も可憐なメゾソプラノときている。
木瀬さんが、萩谷に当たり散らす理由は、その容姿への嫉妬にあるのは、間違いない。萩谷は、木瀬さんが欲しいと願うものをすべて独占しているのだ。許されるわけがない。
もちろん、清楚な姿は萩谷自身の生まれつきや努力によるもの。
「独占」という言葉は相応しくない。
でもね、教室で萩谷の姿を見せられると、嫉妬するなという方が無理だ。
だが、萩谷が次に発した言葉は、どうしようもなかった。
かわいい顔をしているくせに、萩谷は恐ろしいことを願ったのだ。
萩谷は、クラス全員を―― 心の底では信じていなかった。
萩谷が紡いだ願い事に応えて、カーソルが再びするすると動いて、「はい」に止まる。
私は、この気持ちの悪い儀式めいた何かを激しく嫌悪した。
◇ ◇
カーソルが中心の鳥居のような図形に移動して、占いの儀式は終了した。
慌ててスマホを仕舞い、萩谷の隣に座った。萩谷のマネをして、催眠にかかっているフリをした。
木瀬さんにバレたら、何をされるか解らない。願い事を否定されて、マジギレしているはずだから、ヤバくなったら、走って逃げよう。そう覚悟した。
だけど、木瀬さんは目覚めると、予想に反して幸せそうな顔をしていた。
「あ、願い事を叶えるには、このタブレットを隠さなきゃいけないのね」
木瀬さんの声で気づいた。
タブレットの画面には、アプリの終了時メッセージが表示されていた。
『願い事を現実に叶えるには、翌日にアプリをもう一度起動して、願い事をアクティベートしてください。ただし、翌日の再起動まで誰にも見つからないこと』
「私、アイドルになれる……かも、しれないんだから」
木瀬さんの声が弾んでいた。
悪寒がした。気持ち悪かった。
先ほど、木瀬さんは「アイドルになりたい」という願い事を否定されて泣いていたはずだ。それが、短い眠りから目覚めると―― 記憶が改ざんされていた。
木瀬さんの輝くような笑顔が、痛ましくて、恐ろしかった。完全に催眠に操られている。
そして、萩谷を見遣ると、こちらも重症だ。
ぼんやりと宙を見詰めて、見えない何かに話しかけていた。幻覚が見えている。
やばい。キュービットさんはやばい。
蹴られない分、安心だが、このアプリは危険すぎる。そう思った。
ふたりを置き去りにして、薄気味悪い夕暮れの旧校舎から走り去った。
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