幕間劇 酒は呑んでも呑まれるな。

・時系列は第一話の少し後

・カップルものの「お約束」をやりたかっただけ


かおる視点~


「感染対策はちゃんとしてますんで!」


 ゲーム会社の社員で、陽人はるとくんの友達でもある小野寺おのでらさんが、電話越しに私にそう言った。18時を少し回った頃だった。


 陽人くんもイラストレーターとして参加していたソーシャルゲームが無事にリリースされ、製作チームと外注スタッフを集めて打ち上げをするらしい。


 陽人くんは嫌がったらしいが、付き合いが長く、押しも強い小野寺さんに押し切られ、渋々出席することにしたそうだ。


「でも大丈夫かな。あの人、お酒はアレルギー並みに弱いはずだけど。まぁ、ソフトドリンクで済ませるか」


 そう考えていた2時間半前の私は甘かった。


 小野寺さんに付き添われてタクシーから降りた陽人くんは、ものの見事に酔い潰れてグロッキーになっていた。聞いてみると、飲んだのはコークハイをグラス半分程度。しかし、彼が動けなくなるには十分な量だ。


「ほら陽人くん、おうち着いたよ」

「んむぅ……」


 よく分からないモゴモゴした返事が返ってきた。肩を貸してベッドに運ぶ。まったく、どうして飲んじゃったんだろう。


 ようやくベッドまで連れてきて、陽人くんを座らせる。顔は真っ赤、目は充血して据わっている。完全に酔っ払いの顔だ。


「ちょっと待ってて。水持ってくるね」


 そう言って離れようとしたけど、陽人くんは私の手を握ったまま離そうとしない。


「薫」


 へなへなの声で名前を呼ばれる。


「なに?」


 振り返ると、今まで見たこともないほどニッコリした陽人くんがいた。


「へへ……好き」


 満面の笑みで、すごく嬉しそうに言われ、さすがにドキッとした。陽人くんがこんなに素直になるのは、ものすごくレアだ。


 翌日、彼はそんなことはすっかり忘れていた。


 ついでに、しっかり二日酔いにもなっていた。


―――


~陽人視点~


「陽人、飲み会にはお前も出ろよ」


 クライアントであるゲーム会社の社員であり、中学高校の同級生でもある小野寺 大介だいすけは、有無を言わせぬ口調でそう言った。


「やだ」

「まぁ待てって。デスクや他の人も、今回だけって言ってるから、な? フィアンセが恋しいのは分かるけど」

「いや、でも」

「まぁまぁ、今回だけ。今回だけだから、な?」


 結局、大介に押し切られて、俺も飲み会に出席することになってしまった。飲みの席は正直、苦手だ。でも、こういう付き合いも大事なのかも知れない。


 飲み会自体は、まぁ楽しかった。みんな丁寧に接してくれるし、今回リリースされたゲームには、知り合いの絵描きも参加していた。


 そんな空気にあてられて「今日はイケるんじゃないか?」と考えてしまった俺は、正真正銘のバカだと思う。気分が良くても、アルコールには勝てなかった。


 飲んでからのことは、あんまり覚えていない。なんだかすごくフワフワしていた。大介に引きずられるようにして、タクシーに乗った。


 マンションに着くと、薫が肩を貸してくれた。


「ほら陽人くん、おうち着いたよ」


 分かってるよ、と返事をしたつもりだけど、自分でもなんて言っているか分からなかった。


 なんだろう、いい匂いがする。あ、薫の髪の匂いだ、これ。スンスンと嗅いでいるうちに、ベッドの上に座らされる。


「ちょっと待ってて。水持ってくるね」


 薫がそう言って離れようとする。


 ……寂しいなぁ。もうちょっと一緒に居てくれてもいいのに。柔らかい薫の手をぎゅっと掴む。


「薫」

「なに?」


 名前を呼ぶと、薫が不思議そうに振り返った。


 綺麗だなぁ。心の底からそう思った。


 サラサラした短い髪。綺麗な目。しなやかで線の細い首筋。


 うん、俺の彼女……もとい、未来の嫁、本当に綺麗だ。


「へへ……好き」


 すごく幸せな気分だった。


 翌日、猛烈な頭痛と気分の悪さに襲われ、俺はベッドの上で屍のようになっていた。


「もう、お酒弱いのにコークハイなんて飲むもんじゃないよ?」

「……反省してます」

「昨日のこと、どこまで覚えてる?」

「えーと、大介に担がれて……、そこからはあんまり」

「あっそう。ま、今日はゆっくりしなね」

「ん、ありがと」


 薫はそう言ってベッド脇に水のペットボトルを置くと、洗濯機を回すために洗面所に向かった。それを確認して、俺は大きなため息をついた。


 フワフワした気分だったけど、起きている間のことは、しっかり覚えている。でも、忘れたフリを決め込むことにした。


 素直に話したら、それこそ恥ずかしくて本当に死にそうだ。

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