第95話 予想もしなかった話

 ユーニスにラリー様と話し合うよう言われたが、私は話し合うどころか話しかける事も出来なくなっていた。ラリー様の姿を見るだけで緊張してしまって、話しかけるどころじゃなくなってしまったのだ。前はこんな事はなかったのに、今は心臓がドキドキしてしまって落ち着かず、声をかけるのもためらっていた。

 それに、ラリー様が事後処理でお忙しそうだったのもある。メアリー様やダウンズ男爵達への取り調べに、賛同した騎士たちへの取り調べと処分、騎士たちの補充や隣国派や独立派への対応など、やる事が山積みだったのだ。

 話をする機会がない事を寂しく思うと同時に、ホッとしている自分を自覚していた。王都に戻ろうと思ってはいるけれど、本心ではなかったから。戻ると告げる事はとても勇気が必要で、私はまだ決心がついていなかった。ここは私が初めて自分の場所が出来たと思えた場所だっただけに、それを手放すのは凄く抵抗があったのだ。


 王都にはいい思い出がなかった。戻ったところで居場所もない。両親とメイベルがいなくなって屋敷も少しは居心地がよくなるかもしれないけれど…気心の知れた者は誰もいなかった。使用人も両親やメイベルの側だったから、戻ったとしても私に快く仕えてくれるとは思えない。


 多分、王都に戻って三年経ったら離婚だ。そうなれば…私は当主として婿を迎えなければいけないだろう。三年後には二十歳を過ぎている私は結婚適齢期はとうに過ぎ、白い結婚と言えども離婚歴が付けば外聞は悪い。既に王命だったエリオット様との婚約解消に、両親と妹の追放、更に王命でのラリー様との結婚も白い結婚の上で離婚となれば…私の評判など地に落ちたも同然だ。元より社交界での評判も良くなかったのだ。きっと…再婚は至難の業だろう…

 それでも私は当主で、セネットの血を継げるのも私しかいない。父に兄弟姉妹はおらず、祖母も一人娘だったから、私以外でセネット家を継げる者はいないのだ。私が子供を産むのは必須だから、再婚も絶対だ。貴族だから、貴族の娘なのだから、当然の事なのに…そう思うのに、どうしても心が付いていかなかった。エリオット様の時は、そんな風に思った事なんかなかったのに…でも、その理由はわかってる。わかっているけど、私にはどうしようもなかった…いっそ修道院にでも入れたらいいのに…と思ったけれど、それが許されるわけもなかった。




 私が鬱々とした気分で過ごしていた中、驚いた事にレアード王子がいきなりこの屋敷を訪れた。先日の隣国派の侵攻から十日余り、メアリー様達の件でまだ屋敷内が慌ただしい中だった。姪と数人の護衛だけを付けての訪問に、私だけでなく屋敷中の者が騒めいた。敵国の王子が突然訪問したのだから騒ぎにならない方がおかしいだろう。しかし…


「やあ、ローレンス殿。今回は内々の、本当に極秘でお願いしたいんだよ」


 まるで近くの知り合いの家を訪れているようなレアード王子の様子に、驚かない者などいなかった。皆が顔色を変えているにも関わらず、レナード王子はこれまでと同様に気軽で親し気な態度のままだった。


「どういうおつもりですかな、レアード殿下」


 さすがにラリー様も困惑を隠し切れず、でも、あまりにも大胆な行動に呆れも滲ませてそう問いかけた。私も呼ばれたから同席したけれど…本当にこの人は型破りと言うか破天荒と言うか…姪御がいるのに危険を顧みないところは相変わらずだった。


「いやぁ、そんなに怖い顔しないでくれ。姪が怖がるだろう」


 そう言って笑うレアード王子に、ラリー様は子どもの手前苦笑するしかないと言った表情だったが、それはその場にいた全員が同じだっただろう。


「今日は本当に、内密に願いたいんだけど…」


 再度念を押して、レアード王子は先日の騒動の隣国側の事情を話した。我が家を最後に訪れた日の翌日、隣国の兵が我が領に侵攻した件については、レアード王子の副官たちが勝手に行った事だった。副官の中にダウンズ男爵達と繋がっている者がいて、ヘーゼルダインに合わせて隣国でも独立のために挙兵するように頼まれていたからだ。

 だが、彼らの方がダウンズ男爵達よりもずっと現実的で、そしてラリー様の力を正しく認識していた。彼らはダウンズ男爵達の計画が早々に頓挫すると見通し、最低限の兵で形だけの占領を行っただけだった。下手にこの地で諍いが起きれば王に余計な疑いを持たれる可能性があるため、面倒事を避けたかったのもある。それでも現場を知らないダウンズ男爵達は隣国の独立派の同意を得たと勘違いし、行動に出たという。


「あと、今回の訪問は、アレクシア嬢に会いに来たからだよ」

「え…」

「嫌だなぁ、アレクシア嬢。俺が求婚したの、忘れてた?」

「え…あ、あの…」


 急に話を振られて、私は直ぐに答えられなかった。そう言えば…メアリー様達の騒動ですっかり忘れていたけれど…そうだった。そして、その返事については…私はまだラリー様に相談していなかった事も思い出した。


「うわぁ、傷つくなぁ…でもまぁ、気は長い方だから返事は急がないよ」

「レアード殿下。シアは私の婚約者です」

「でも…辺境伯殿は白い結婚を望んでいると聞くけど?」

「……」

「うちの諜報部もそれなりに優秀だからね。今日来たのも、それに無関係じゃないかな。あのね、アレクシア嬢、実は俺の父親が、君を妃にと言い出しているんだ」


 レアード王子の言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。私は思わずラリー様を見上げたが…ラリー様は表情を変える事なく、レアード王子から視線を外さずにいた。

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