第96話 隣国の王の噂
「シアを妃に…か」
レナード王子の言葉に、最初に反応したのはラリー様だった。私はと言うと…あまりにも思いがけない話で消化できず、呆然としていた。ただ…その可能性はこの前おじ様から聞いてはいた。聞いてはいたけれど…あまりにも突拍子もなくて私は現実的ではないと、その可能性はないと思っていた。レナード王子からの求婚だって戸惑っていたのに、更にその父親からだなんて…しかも、レナード王子の父親は、隣国の国王だ。
「まぁ、言っているのは父親と言うよりもその周りだし、まだ戯言レベルではあるけど。でも、体調が最近優れないらしくてね。それで、傷を癒せる聖女の話がここで話題になっていただろう?だったらその聖女を妃に迎えてはどうだと、酒宴でのたまった馬鹿がいてね」
「……」
「まぁ、それはきっとあの偽聖女の話だとは思うけど…あ、こっちでもあの偽聖女の噂だけは広がっていたんだよ。まぁ、金を積んで噂を広めようとしていたからある意味当然だけどね」
「そうですか。だが、何故シアの事を?」
「敵国だからこそ、互いの事はよく調べるものだろう?初代の聖女とセネット家の事だって例外じゃない。あのおいぼれは国の事なんかどうだっていいけど、自分の事となると必死だからね。セネットの聖女を差し出すなら同盟を結んでもいい、なんて言い出す可能性もある」
「そ、んな…」
レアード王子の言葉に、私は思わず声が漏れてしまった。国王たる者が自分の事しか考えないのにも驚いたが、病気を治すための道具として求められる事に言いようのない嫌悪感が広がった。そして…この話が両国にとって案外悪くない話だという事が、私の心を急速に暗く沈ませていった。
「ねぇ、辺境伯殿?早く結婚しないと、あの爺が口出してくるよ?」
「だが、国王はあなたの父でもあるのでは?」
「まぁ、そうなんだけど。でも、俺の母親はあの爺に手籠めにされて俺を産んだんだ。母はそのせいで両想いだった恋人と婚約破棄する目になって、死ぬほど恨んでいたからね。俺も父親だなんて思った事はないし」
「なるほど…」
「それに、これは礼だよ」
「礼?」
「…この子を治してもらっただろう?」
そう言ってレアード王子はお菓子を頬張っている女の子の頭を撫でた。優し気に目を細めるその表情からは、心から姪を可愛がっているのが伝わってきた。
「いくら王命での結婚とは言え、国同士の婚姻ともなればそっちが優先される。だから早くした方がいいよ。まぁ、あんな爺がいいって言うんなら止めないけど。でも、あいつに正妃はいないけど、側妃六人と、子を成して妾妃になった者が二十人ほど、お手付きの女は数え切れないほどいるからね。好色で見境がないし、後宮は権力狙いの女狐たちの巣窟だ。アレクシア嬢みたいないい子は、一年と経たずに誅殺されちゃうだろうね」
レアード王子の言葉に、私は嫌な寒気を感じて思わず自分を抱きしめるように両腕を摩っていた。我が国の陛下は側妃も置かず、王妃様だけを大切にしていらっしゃる。それが普通だと思っていただけに、隣国の王の乱れ具合には嫌悪感しか湧かなかった。
「ま、そういう事だから。それに今日は、辺境伯に提案があるんだよね。二人きりで話が出来ないかな?」
まるで友人に語りかけるような感じの物言いに、ぎょっとしてしまったのは仕方ないだろう。見ればレックスたちも驚いた表情を浮かべていた。ラリー様はしばらく無言だったが、レアード王子が私に、姪と暫く遊んでやってくれる?と姪を引き渡してきたため、ラリー様はわかった、と了承の意を表した。
ラリー様とレアード王子を残して他の者が部屋を出ると、レックスたちはレアード王子の護衛を隣の応接室へ誘ったが、私は姪の女の子が不安そうに私を見上げていたため、庭に出る事を提案した。昼間だし、ここの庭は城壁に囲まれていて安全だ。幸いビリーもユーニスも一緒だし、レアード王子が連れてきた護衛も一人付いてきた。特に問題はないだろう。
小さな子と何をしようと考えていた私だったが、子供は何もなくても楽しむ天才なのだと思い知らされた。ただ庭を歩いているだけでも何にでも興味を示し、それだけで楽しそうだったからだ。花を摘み、虫を見つけて目を輝かせ、鳥を追おうとする姿に、私は元気になった事を心から嬉しく思った。
三十分ほどしたら、女の子が急にぐずり出して私は戸惑った。優しく声をかけても、抱っこをしても、いやいやと言うばかりだ。困っていると隣国の護衛騎士が、さっきお菓子を食べてお腹が膨れ、その後遊んで疲れたから眠くなったのでしょうと言った。私が侍女に客間の手配をお願いすると、騎士はその子を抱っこしたまま侍女についていった。
女の子が寝てしまったので、私はそのまま庭の東屋に残っていた。ユーニスがお茶を入れてくれたので、それを飲みながらレアード王子の話を思い返していた。
隣国の国王の事は、まだ噂の段階だとレアード王子は言っていたけれど、王子の耳に入るのにも時間がかかるだろうから、かなり前の話なのかもしれない。となれば、明日にでもこの話がこちらに入ってくるのではないだろうか…そう思うと言い知れぬ不安が押し寄せてきて、私は軽く身震いした。
そうなった場合、私の行く末は二択しかない。隣国の要請に従って嫁ぐか、ラリー様との婚姻を早めるか、だ。でもそれも私の意志とは関係なく、まずは国王陛下がご判断するのだろう。陛下は私と親しくして下さっているけれど…国益が絡んでくれば話は別だ。その想いが私の気持ちを一層暗くした。
ラリー様は、どうお考えなのだろう…私が気になったのはそれだった。白い結婚をご希望のラリー様だ。もしかしたらこれ幸いと婚約を解消しようと考えられるだろうか…確かに国益を考えれば、私が嫁いで同盟を結んだ方が得策だろう。この地の情勢も安定するのだから…
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間違って同じ話を続けて投稿していました。申し訳ございませんでした。
そしてご指摘くださった方、ありがとうございます。
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