第35話 治療開始

 婚約披露パーティーから、私の身辺は静かになった。


 まずはスザンヌとレイズ子爵への処分が下されたのだ。スザンヌは資格がないのにパーティーに参加したとして謹慎処分の上、ラリー様の護衛の任を解かれ、侍女たちの采配の権限は次期女主人となる私に変更された。また、レイズ子爵も副団長の任を解かれ、一階級降格となった。

 よくよく調べていれば、彼らはラリー様が何も言わないのをいいことに、横領や不正取引などに手を染めていたのだ。その辺は実はビリーが内々に調べてくれていて、あれもこれもと証拠が出てきたのだ。近々それに関しての処分が正式に下るらしく、彼らはそれまで謹慎を命じられ、自宅に軟禁状態だった。


 これらの処分に家令の反応が二分されたのは言うまでもない。スザンヌの息のかかった者で私への嫌がらせや悪口を言っていた者たちは怯えた目をして私を見ていたし、子爵の不正を知っている者は生きた心地がしないだろう。

 一方、レイズ子爵やスザンヌをよく思わなかった者たちはほっと胸をなでおろしたと言う。随分好き勝手やっていたらしく、それを快く思わないものがたくさんいたらしい。

 既にビリーがスザンヌ派の家令を調べ上げていたし、私としては問題のある家臣をまとめて片付けられてラッキーだった。ローラとヒラリーは私専属の任を解かれて、これまでの無礼の罰として下働きに回された。今はユーニスがいるし、後任は追々考える予定だ。


 侍女たち家令の采配に絡んで、一つの転機が訪れた。

 さすがに私は新参者で知己もないという事で、ラリー様が以前この屋敷のメイド頭をしていたモリスン夫人を紹介しようと仰って下さったのだが、この夫人の復職が契機になった。モリスン夫人は、三年前に騎士であった夫の怪我が原因で職を辞していたのだ。

 そこでラリー様は私に、夫のモリスン男爵の治療を持ち掛けてこられたのだ。モリスン男爵は一個中隊を任されるほどの力量があり、彼の退役をラリー様も残念がっていたのだという。

 怪我で退役した騎士の治療は私の計画の一つでもある。彼を治療する事を大々的に公表し、それによって私が二人の忠誠を得る事をラリー様も勧めて下さったのだ。確かにそれだと私は、強力な味方を得る事が出来て、計画も進められる。私はその提案に二つ返事で受ける事にした。


 モリスン男爵は四十代前半と言ったところで、陽気で人懐っこい方だった。若い頃からこのヘーゼルダイン辺境伯領の騎士団に属し、数々の武勲を立てていたという。その為、一時期は三つある騎士団の一つの副団長を務めていた程だった。

 だが、三年前の国境付近での小競り合いで、部下を庇って利き腕と左足を負傷し、職を辞したという。夫人もその頃はメイド頭をされていたのだが、夫の看病のためにこちらも退職していたのだ。


 そして、彼らの後に治まったのが、レイズ子爵とスザンヌだったという。スザンヌはその少し前に夫を戦闘で亡くし、気落ちしていたため、ラリー様が張り合いが出るならと彼女に侍女の采配を任せたのだという。その結果は…言わずもがなだ…


「おおっ、あ、歩ける…!」


 私がラリー様と共にモリスン男爵家に伺って治療を施すと、男爵の手と足の傷はすっかり癒えてしまった。ラリー様は男爵よりも私の心配をされていたが、まぁ、これくらいの傷なら私には全然問題なかった。そして予想通り、モリスンは復職を願い出たため、ラリー様は夫人にもメイド頭への復職を打診したのだ。お二人とも二つ返事で復職を受け入れ、我が領は二人の重要人物を再び取り戻すことに成功した。


 ちなみにこのニュースは、家令たちの間で大きな話題になった。それはそうだろう…地味で面白味がなく、妹を虐める性悪さから王子に婚約破棄されたと思っていたら、聖女の力を持っていたのだ。驚かない方が珍しいだろう。


 この日を境に、家令たちの私への態度は一変した。そして同時に私は、ラリー様と相談しながら、領内の怪我で退役した騎士たちの治療を始めたのだった。


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