第34話 痴女と美女

「まぁ、辺境伯様の家令は躾がなっておりませんのね」


 会場に冴え冴えと響いた声に、その場にいた者が声の主に注目した。私も声の主に視線を向けて…多いに驚いた。だって、その方は…


「なっ!失礼ね!」


 しかし、相手が誰かわからなかったスザンヌは、ラリー様にしがみ付いたまま声の主を睨み付けると声を荒げた。ラリー様も困ったような表情を浮かべていたが、現れた女性に驚いたのか、呆然としているようにも見えた。うん、でも仕方ないと思う。私ですら驚いたのだから。


「失礼も何も、ヘーゼルダイン辺境伯はセネット侯爵家アレクシア嬢の婚約者。しかも今はその婚約披露のパーティーの最中。その様な場で、婚約者の前で婚約したばかりの者に抱き付き、ダンスに誘うなど恥知らずもいいところ。辺境伯様の顔に泥を塗っている自覚はおあり?」

「な…そんな訳…!」

「そうかしら?この場にいるなら、あなたも貴族なのでしょう。だったらこれくらいの事、知っていて当然でしょう。今時、平民ですら知っている事よ」


 女性は声を荒げるでもなく淡々と話していたが、その声はよく響き、相手に有無を言わせない力があった。金色の髪と空色の瞳の大変な美人だが、派手さはなく楚々とした百合の花のようで、この場にいる誰よりも気品を感じさせた。それだけにスザンヌは完全に呑まれていた。まぁ、役者の格が違うので仕方ないのだけど…


「姉上、いらしていたのですか?」

「ええ、大事な弟の婚約披露ですもの。当然でしょう?」


 そう、現れたそのお方は、ラリー様の実の姉上で、ナタリア=モーズリー公爵夫人だった。現国王陛下の妹君でもいらっしゃる。楚々とした嫋やかな美貌をお持ちだが、性格はかなり豪胆で気丈なお方で、ラリー様はもとより、陛下ですら頭が上がらないと噂だ。そして、あのお厳しい王妃様とは大の親友なのだ。


「全く、ラリー。あなたは何をやっているの?家令くらいしっかり躾けておきなさい。セネット嬢に失礼ではありませんか」

「…面目ありません、姉上…」

「全く、戦も結構だけど、屋敷内を掌握しておくのも大事な仕事ですよ」

「ごもっともです」

「分かればよろしい」


 ああ、ラリー様がしゅんとした子犬のようにしおれてしまった。でも仕方ないだろう。実際にスザンヌがここまでのさばったのも、ラリー様に一因があるのだ。ナタリア様は鷹揚に頷かれると、再び視線はスザンヌとレイズ子爵に移った。


「名を聞いておこうかしら?」

「は…!ヘーゼルダイン辺境伯様の騎士団の副団長を務めさせて頂いております、レイズ子爵ハワードと申します」

「…スザンナ=ハウエルでございます」


 さすがにラリー様の姉上に対しては、レイズ子爵もスザンヌも逆らえなかったらしい。素直に名を名乗ると最上級の礼をとった。


「ハウエル?どちらのご家門かしら?」

「…わ、私は…ハウエル男爵の三男に嫁ぎましたので…その…爵位は…」

「そう?じゃ、この場への参加資格はないのではなくて?」

「そっ、それは…でも、辺境伯内のパーティーでは、ラリー様はいつも…」

「領内のパーティーなら領主が許したのなら問題ないでしょう。でも、今回は国王陛下の命により婚約した二人のお披露目です。資格ない者が参加するとはどういう事です?」

「…そ、れは…」

「しかも、並み居る参加者の前で、主を愛称呼びとはどういう事です?それも、正式な婚約者がいる前で」

「…っ…!」

「場を弁えなさい」

「は…はい…失礼いたします」


 さすがに元王女でもある公爵夫人には逆らえなかったらしい。スザンヌは目に見えて怯えを浮かべて退出した。まぁ、仕方ない。場合によっては不敬罪に問われても仕方ない態度なのだ。


「セネット嬢、甥ばかりか弟までもが失礼しましたわ」

「い、いえ…モーズリー公爵夫人、ご無沙汰しておりました」

「ふふっ、本当に久しぶりね、シア。私の事は昔のようにナタリアと呼んでちょうだい」

「あ、ありがとうございます」


 そう、私は以前から、ナタリア様とは親しくさせて頂いていた。ナタリア様は王都にいる時はよく王妃様を訪ねて来られたのだが、その時に私も一緒にお茶に加えて頂くなどして頂いていたのだ。

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