第33話 騎士改め痴女?

「疲れていないか、シア?」


 一通り挨拶が済んだ私達は、今は会場の端の方に移動していた。ラリー様から手渡されたジュースが、挨拶とダンスで乾いた喉を潤してくれた。

 中央では楽団の音楽に合わせて踊る人々のドレスがひらりと舞い、一層花を添えていた。私達も二曲踊ったけれど、さすがはラリー様、ダンスもお上手だった。あのエリオット様の下手糞なリードとは比べようもない。まぁ、エリオット様の場合、嫌がらせでわざと踊りにくくしていた可能性はあるけど。


 幸いにもあからさまに私に何かを言ってくる人もおらず、今のところ平安にパーティーは進行していた。まぁ、マグワイナ公爵家の令嬢と仲がいいところを見てしまえば、おいそれと反感を買う事など出来ないだろう。この地ではこの辺境伯家とマグワイナ公爵家の影響力は絶大だから。

 それに、ラリー様もお上手で、要所要所で私を気遣うものだから、端から見れば仲睦まじく見えるだろう。そこにギルおじ様が、私の事を昔から旧知で孫のような存在だったなどと仰るから、誰も何も言えるはずがなかった。おじ様は見た目も恐ろしげだけれど、勇猛で隣国との間の戦いでは英雄扱いされているから猶更だ。


 だが、一定数常識がない者もいるわけで…


「ラリー様!こちらにいらしたのですね!」


 真っ青なドレスに所々金の装飾を施した女性が、大きな声を上げて近づいてきた。こんな場であんな大声を上げるなんて…と私がその方を視界に入れると、随分と派手に着飾った女性がいた。背が高くて女性にしては大柄だが身体つきはグラマラスで、大きく胸元が開き、深いスリットが入ったドレスは艶めかしい。化粧も派手と言うか、口紅などがドレスの色と合っていないせいか凄く目立つ。ただ、婚約披露のパーティーに出るには…何と言うか場違いだろう。周りも同じように思ったのか、口元に扇を当てて眉をしかめる貴婦人がちらほらと見えた。


「ああ、スザンヌも出ていたのか」


 ラリー様の声に、私は内心驚きを隠せなかった。幸いにも顔には出なかったからよかったが…あのスザンヌだったとは思わなかった。なるほど女性だし、着飾ればこうも変わるのだな…と驚いたが…何と言うか、ドレスに品がなくて残念感が酷い…そこまで露出させると…何と言うか、痴女にしか見えないのは私が世間知らずのせいだろうか…


「ラリー様…!」


 後ろからは、この前私に声をかけてきたレイズ子爵もやって来た。会場の熱気のせいか、しきりに汗を拭っている。まぁ、二人は子爵家の者だから、この会場にいてもおかしくはないのだけど、さっきの挨拶の時にはいなかったところをみると、祝いの言葉を言いたくなかったのだろうか。


「まぁ、ラリー様、今日は一段と凛々しくていらっしゃいますわ。是非私とダンスを踊ってくださいませ!」


 スザンヌはすっかりラリー様のお姿に心を奪われているけれど…大丈夫だろうか、この人。婚約披露のパーティーでは、婚約した二人は他の人とは踊らないのが一般的だ。婚約した後は婚約者以外と踊る事もあまりいい顔をされないのに。こんな公の場でマナー違反を口にするなんて、随分と自信があるのだろうか。確かにラリー様はお背が高いから、スザンヌでも十分に釣り合いはとれているし、むしろ背の差があり過ぎる私よりはバランスは良さそうだけど…


「おお、ラリー様。娘も今日のパーティーを楽しみにしておりました。是非踊ってやってください」


 娘だけでなく、やっぱり父親も残念だった。まぁ、この前私に声をかけてきた時点でマナーと言うものを知らないのだろうとは思っていたけれど。そう思っている間にも、スザンヌはラリー様の腕に絡みついて、胸を押し付けるようにも見える。

 チラ…と隣をみると、ユーニスが笑顔を浮かべていたが…怖かった…どうやらスザンヌはユーニスの逆鱗に触れてしまったらしい。うん、これであの二人の未来は明るくないわね。


「まぁ、辺境伯様の家令は躾がなっておりませんのね」


 新たに加わった声に、その場にいた貴族が固まった。

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