第21話 無作法な侍女

 辺境伯との話合いは、私が想像していた以上にいい方向へと進んだ。一番はギルおじ様の存在が大きかったけれど、おじ様がいらっしゃるならここでの暮らしは悪いものにはならないだろう。

 残念なのは、おじ様がここではなく少し離れた別邸でお暮らしだという事だ。聞けば別邸までは馬車で一時間はかかるというので、さすがに頻繁にお伺いするのは難しそうだ。私は辺境伯との結婚を命じられているから、いくら義理の父親とは言え、おじ様のところに出入りするのはよくないだろう。私の王都での評判を考えると、変な噂をたてられる可能性もある。それはおじ様にご迷惑をかけてしまうだけに、絶対に避けたかった。


 おじ様のお陰で、辺境伯様や家令の一部の雰囲気は少し柔らかくなったけれど、全ての人がその場に居合わせたわけではないから、その後も私への風当たりはきつかった。

 特に悩ましいのは、辺境伯が付けてくれた侍女二人だ。表面上は好意的に見えるが、実のところ私への態度は雑で、敵意が見え隠れしているのだ。幸いユーニスがいてくれるから直接の被害はないけれど、彼女の存在も気に入らないようだった。





「アレクシア様、お茶をお持ちしました」


 ガシャンと食器の音を立ててテーブルにティーカップを置いたのは、私の専属侍女のヒラリーだった。近くではユーニスがその綺麗な眉をピクリとさせた。王妃様付の侍女をしていた彼女からすると、ヒラリーの不作法さが気になったのだろう。やれやれ、こうもあからさまだとつまらないわね…


「ヒラリー」

「は、はい?」

「どうかしたの?怒っているのかしら?」


 ユーニスの眉が少なくとも五度は動いたところで、私はヒラリーに尋ねた。毎回この様に乱暴な置き方では、いずれカップが割れてしまうだろう。


「え…」


 さすがに私が指摘するとは思わなかったのだろう。これまでも何も言わなかったせいか、段々音が大きくなっている。それを彼女たちは、私が大人しいから何も言えないのだと思っているのだ。ビリーが彼女たちの会話を聞いているから確認済みだ。


「い、いえ、その様な事はございません。いつもこんな感じでございます」

「そう?でもそんなに乱暴に置いては、中身がこぼれてしまうわ」

「そんな事は…」

「さっきのお茶の時は、中身が受け皿に零れていたわよ?」

「…そ、それは…」


 そこまで見ているとは思わなかったのだろう。ヒラリーはさすがに応える事が出来ずに言葉を詰まらせた。残念ながら悔しさと怒りが顔に現れていて、これでは侍女失格だわ。


「アレクシア様!私達はお嬢様と違って暇じゃないです。少しは多めに見てください」


 横から口を出したのはローラだった。こちらも忌々しそうな表情を隠そうともしない。主人に対しての態度ではないだろう。隣のユーニスの目が怖い…彼女たちがこうも強気の態度に出るという事は、裏にそれを擁護する誰かがいるのだろう。


「大目に?どうして?何故私が大目に見てあげる必要があるの?」

「え?」


 全く思いもよらなかった…と言わんばかりにローラが目を見開いて私を見た。


「私は、あなたにとっての何かしら?」

「あ、アレクシア様は…私の…主…です…」

「そう、よかった。私の認識が間違っているのかと思っていたわ」

「…っ!」

「それで、ここでは主に対して、そんなお茶の入れ方をするのかしら?」

「な…!」

「どうなの?」

「そ、そんな事ないでしょう!あったり前じゃない!」


 あらまぁ…随分と我慢が利かないらしい。これは躾し直す必要がありそうだ。


「そう。じゃあ、どうして私には乱暴なの?私はあなたの主で、辺境伯様とは国王陛下より結婚を命じられている身よ。それとも、もしかして私が知らないだけであなたは私よりも身分が上なのかしら?」

「…っ!」


 さすがにここまで言われると、何も言い返せないらしい。全く、喧嘩を売るなら勝つ算段をしてからするものでしょうに。


「お言葉ですがアレクシア様。その言い方はあんまりです!」

「あんまり?あなた方の態度の方があんまりだと思うけれど?まぁいいわ。あなた方の事はラリー様にお話しますから」

「…なっ…!」

「そんな!」

「当然でしょう?お茶もろくに入れられない侍女では、いずれお客様にも粗相をしてラリー様に恥をかかせてしまいますもの。主人の顔に泥を塗る侍女を必要とする主がいるかしら?」


 そう私がにっこり笑って告げると彼女たちは顔を青くした。


「それからもう一つ。私が何時あなた方に名を呼ぶ許可を与えたのかした?そんな覚えはないのだけれど?」


 さて、これで彼女たちをそそのかしているネズミが出て来てくれるだろうか?私はユーニスと目が合うと軽く頷いた。

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