第22話 侍女の上司の来襲

「アレクシア様、お話がございます」


 侍女達に物申した翌日、朝食後に読書をしていた私は女性の訪問を受けた。事前に何も聞いていないけれど誰だろう。女性にしては長身で、服装は侍女たちのそれではなく騎士服に見える。最近は騎士の女性進出が進んでいるから珍しくはないけれど、私に用事があるとは意外だ。

 それに…この家の序列は辺境伯様が一番で、ギルおじ様は二番目、その次は辺境伯様の結婚相手の私になる。その私に対して、事前の伺いも立てずにいきなり押しかけてきて話があるとはどういう事だろう。隣ではユーニスが仕事用の笑みを浮かべているけど、目は臨戦態勢だ。


「どなたかしら?今日は来客の予定はなかった筈ですけれど?」

「失礼いたしました。私はスザンナ=ハウエルと申します。ラリー様の護衛と、侍女たちの采配を任されている者です」


 とりあえずさりげなく無作法だとけん制してみたが、通じなかった。この方がスザンヌか…この前おじ様がラリー様の気になる方として名を上げた…

 彼女の事は既にビリーが情報を集めて来てくれていた。辺境伯の家令であるレイズ子爵の娘で、ハウエル男爵の三男と結婚したが、三年ほどで夫を戦闘で亡くしているという。今は確か二十八歳で、女性としては大柄で騎士としても有能らしい。噂ではラリー様の愛人との噂もあるけれど…なるほど、護衛だけでなく侍女の采配も任せていればそう思われても仕方ない。それにしても、妻となる私の前でラリー様と愛称で呼ぶなんて、随分挑戦的だ。


「そう。セネット侯爵家のアレクシアです」


 要件の見当は付くけれど、ここは様子をみる事にした。どう話を持ってくるかによって、こちらも態度を変える必要があるかもしれない。


「昨日、我が辺境伯家を侮辱されたと侍女から聞きました」

「そう」

「アレクシア様が王都の侯爵家の出とは伺っております。でも、だからと言って我が主と領を侮辱するのはやめて頂きたい!」

「侮辱した覚えはないけれど…あの二人は何て言っているのかしら?」

「…っ…二人は丁寧にお仕えしているのに、お茶の一つも入れられない田舎者だと言い、ラリー様に恥をかかせたと言っています」

「そう…おかしいわね。私はカップにお茶を零す様な侍女ではラリー様が恥をかくと言ったのだけれど?」

「それに、身分を鼻にかけて横柄な物言いだったそうですね」

「身分を鼻にかけたつもりはないわ。乱暴にお茶を入れる侍女に、あなたは私の何かと尋ねはしたけれど」


 どうやらこのスザンナも、私が言い返すとは思っていなかったらしい。まぁ、王都では私は地味で大人しいと言われていたし、昨日までは侍女の横柄な態度に何も言わなかったからそう思っても仕方ないけれど。スザンヌは想定外の私の反論に、目を血走らせて怒りを必死で抑えようとしていた。あの侍女たちよりは我慢が出来るみたいだ。


「彼女たちの態度は、そのままラリー様の評判に繋がるわ。あなたが侍女たちの采配をしていると言ったわね。どのような教育をしているのか、伺ってもいいかしら?」

「な…!私はきちんと教育をしています」

「そう。では、私への無作法はわざとという事ね?」

「なっ…!」

「だってそうでしょう?他ではきちんとしているのに、私にはお茶が零れるほどの乱暴な態度だなんてあり得ないもの。一介の侍女が一存で出来る事ではないから、誰かがそう指示しているという事になるわね」


 暗にお前のせいかと言ってやると、さすがにスザンナはそれ以上何も言えなかった。図星なのだろう。全く、ビリーから聞いてはいたが、思っていた以上の脳筋だった。


「それに、あの二人にも言ったけれど、私はいつ、あなたに名前を呼ぶ許可を出したのかしら?」

「そ、それは…」

「主の許可なく名前や愛称で呼んではいけないという事は、平民の子供でも知っている事よ。こんな基本的な事すらも出来ていないなんて、ラリー様がご存じになったらさぞやがっかりされるでしょうね」


 スザンヌはもう何も言えず、顔を赤くしたまま申し訳ございませんと言って、逃げるように去っていった。頭に血が上ったらしいが、さすがに一線を超えないだけの忍耐力と頭はあるらしい。

 私の事をラリー様に告げ口するだろうか?でも、言えば自分の行いもラリー様の知るところになるから言えないだろうけど。とりあえず今日は、弱みを一つ握ったから良しとしよう。これで少しは態度を改めるだろう。

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