第20話 私の初恋

「…シア…こんな年寄りを揶揄うものではないぞ…」


 私が辺境伯様よりギルおじ様と結婚したいと言ったせいで、二人も、その部屋にいた家令たちも固まってしまったが、私は気にしなかった。だってこれは紛れもない本心だから。


「揶揄ってなどいませんわ、おじ様。だって私、小さい頃からギルおじ様のお嫁さんになるのが夢だったんですもの」


 そう言ってにっこり笑うと、ギルおじ様も辺境伯様も一層驚かれたが…ギルおじ様ははぁ…とため息をついて困ったように笑った。おじ様、恐ろしげな顔だけど、あの困ったような笑顔が私は大好きなのだ。


「…まぁ…幼い頃は確かにそんな事を言っていましたな…」

「覚えていてくださって嬉しいわ。おじ様は私の初恋の方ですもの」


 まさか覚えていてくださったとは意外で、私は嬉しくなった。そう、私の初恋はギルおじ様なのだ。あの頃の私の周りには男性が極端にいなかったのもある。私の周りにいた男性といえば、父と祖父とギルおじ様、あとは家令くらいなのだ。両親は私を嫌っていたから、子供同士の交流会などには連れて行ってもらえなかったし、唯一王子殿下達との交流はあったが、年が近いのはエリオット様だけで、私はあの頃から彼が苦手だった。


「だがな、シア…」

「ふふっ、分かっておりますわ、おじ様。勅命ですし、それが無理だという事くらいは。私が言いたかったのは、それくらい結婚には興味がないから、辺境伯様のお好きなようになさっていただいて構わないという事ですの」


 そう言ってにっこり笑うと、おじ様は額に手を当てて、またしてもはぁ…とため息を付いてしまった。一方の辺境伯は驚きと呆れだろうか、何とも表現しようのない複雑な表情をその美しい顔に浮かべていられた。例としては微妙だけれど、これで私の気持ちが伝わるだろう。


「…分かりました。義父上、確かに最初から白い結婚を提案したのは稚拙な考えでした。申し訳ございません。そしてセネット嬢、あなたにも大変失礼な事を言ってしまった。あなたの事情を知ろうともせず、一方的過ぎた」

「いえ、そんな事は…」

「確かに義父上の仰る通り、私達はまだ会ったばかりだ。時間は十分にあるからこれから互いを知って、その上で今後どうするか考えよう。それでよろしいだろうか?」

「え?ええ、辺境伯様がそれでよろしいのでしたら、私に異存はございません」


 こうして私達の方向性は決まった。まずは互いを知る事から始めて、白い結婚にするかどうかは追々考えるという事になった。まぁ、私としては白い結婚でよかったのだけど…でも、最初からそうすると勅命に反したと言われる可能性もある。そう言う意味では、この結果は悪くなかった。


「そうそう、そういう事でしたら、私の事はラリーとお呼び下さい」

「え?いえ、でも…」

「義父上もそう呼んでくださっています。私達は夫婦になるのですから。とは言え、いきなり夫はハードルが高いでしょうから、まずは年の離れた兄くらいに思って下さい」

「そんな…恐れ多い事ですわ…」

「いいえ、今の私は一介の辺境伯です。身分からすれば、侯爵家の令嬢であるアレクシア嬢の方が上ですから」

「でも…」

「代わりに私もシアと呼ばせてください」

「え?あ、あの…」

「そうじゃな、シア。まずは呼び方を変えるところから始めるといいじゃろう。いつまでも家名で呼び合っていては埋まる溝も埋まらんし、わしも堅苦しくてかなわん」

「おじ様まで…」


 今は辺境伯でも、辺境伯はれっきとした王族だ。そんな方を愛称で呼ぶなんて、恐れ多すぎて無理だ。そう思うのに、ギルおじ様にまでそう言われてしまった私は、それ以上否とは言えなかった。


「そ、それでは…ラ、ラリー…様…よろしくお願いします」

「様もいらないんだけど…まぁ、いきなりは無理か。それじゃ、これからよろしく、シア」


 こうして恐れ多い事に辺境伯様とは愛称で呼び合う事で今日の対面は終わった。おかしい、もう少し距離のある関係で終わらせるつもりだったのに…そう思う私だったが、命を狙われる可能性も考えていた私は、この心温まる提案に心からホッとしていた。

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