第19話 祖母と前辺境伯
「義父上、私にもわかるように説明して頂けませんか?」
私が落ち着いたのを見計らって、辺境伯様が話しかけてきた。そう言えば…辺境伯様は完全に蚊帳の外だった。
「おお、すまんなラリー。シア、いや、アレクシア嬢の祖母のクラリッサ様とは旧知でな」
「クラリッサ様と言えば…あの王国の花とか青銀の月と謳われた?」
「そう、あのクラリッサ様じゃ」
そう、祖母は大変な美人で、若い頃は王国の花とか青銀の月と呼ばれていたと聞く。美貌だけでなく、勉学でもマナーでも優秀で、しかも浮ついたところにない公明正大な性格で、あの頃は王太子だった先王様からも求婚されたとも聞く。自他ともに厳しい方で、私も王子妃教育の時にはクラリッサ様のように…なんて言われていた。残念ながら私は祖母程の美貌も能力も強さもないのだけれど…
「わしとクラリッサ様は学園の同級でな。わしは三男だし、相続には関係ないと思って、早々に騎士になるために領地を離れたんじゃが、それで知り合ったんじゃ」
「そうでしたか」
「あの頃は先王陛下のお使いで、よくセネット家も訪れていたんじゃよ」
「先王様の…使い?」
まさかそんな理由で我が家に来ていたとは…私も驚いたが、辺境伯様はもっと驚いたようだった。そりゃあ、若い頃に先王様から求婚されたと聞いたけれど、その後も交流があったなんて…
「クラリッサ様の夫と先王の正妃様、わしを含めた五人は、学園時代から仲がよかったんじゃよ。でも、あの頃は相次いでクラリッサ様の夫と正妃様がお亡くなりになって…気落ちされたお二人は思い出話を手紙にして慰め合っておられたのじゃ。それで、まだ自由が利くわしが手紙をお預かりしてお二人の間を行き来していたんじゃよ」
「そうだったんですか」
まさか祖父母が先王様やその正妃様と仲良しだったなんて…それは私も知らなかった。ギルおじ様の話では、その後ギルおじ様が負傷して、その怪我が元で騎士団をお辞めになり、その後辺境伯の後を継いでいた兄君が病に倒れたため領地に戻られたという。祖母もその後亡くなり、ギルおじ様の兄君と後継の甥も流行り病で亡くなったため、おじ様が辺境伯を継がれたのだという。
私は驚きだったが、辺境伯様はその辺の事情はある程度ご存じだったようだ。祖母とも何度か夜会などで挨拶を交わしたのだという。
「ところでラリー、いきなり白い結婚を提案とはどういう事だ?」
ああ、そう言えばそんな話をしていたっけ…と私はそれまでの辺境伯様との会話を思い出した。ギルおじ様が現れたせいで、そんな事、すっかり忘れていた。でも、正直おじ様に再会できた事に比べるとどうでもいいのだけれど。
「義父上…それについては、私はセネット嬢のためを思って…」
「最初から歩み寄りをしようともせず?」
「そ、それは…」
「ある程度相手の人柄を知ってからでもよいのではないか?確かに年齢差もあるが、貴族の婚姻でそれくらいの年の差は珍しくもなかろう。それに…どちらにせよ跡取りは必要なのだからな」
「それは…そうですが…」
「何だ?誰か想う相手でもいるのか?もしかしてスザンナか?」
「な…!それはあり得ません」
辺境伯様が焦っているなんて意外だけど…スザンナとは誰だろう。直ぐに否定はされたけれど、おじ様から名前が上がるという事は、それなりに親しい相手なのだろうか。
「おじ様、私は別に構いませんわ」
「シア…」
辺境伯様に気になる方がいらっしゃるなら、私としてもむしろ歓迎だ。元から白い結婚だったらいいのにと思っていたところなのだ。エリオット様に婚約破棄されたばかりの私は、正直今は結婚どころか婚約だってしたくはなかった。そうは言っても、勅命だから仕方ないのだけれど…
「勅命ですから婚姻は仕方ありませんけれど…私、まだ結婚したいと思いませんし…でも、帰るところがありませんから、ここの片隅にでも置いて頂ければ十分です」
「シア、いくら何でもそれは…」
「それに、どうせ結婚するなら私、おじ様がいいわ」
「は?」
「は…?」
私の発言に、ギルおじ様も辺境伯も、そしてその場にいた家令たちも固まったように見えた。
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