第16話 到着
モーガンに治癒魔法をかけた翌日、出発しようと外に出た私は、昨日よりも多くの護衛団が控えているのを目の当たりにして驚いた。目を丸くしている私にモーガンは、私達の護衛が四人しかいないとは想定外だったため、昨夜、辺境伯に早馬を送って辺境伯に指示を仰いだという。そうしたところ、宿泊していた街に常駐する騎士たちを護衛団に加えるようにとの指示があったのだと言った。
さすがにモーガンが率いる護衛団と最初から連れてきた四人だけでは、私はともかく、辺境伯としても面子が立たない…という事らしい。まぁ、納得だ。こんなに貧相な花嫁の入城など前代未聞だろう。私も聞いた事がない。私も一応は王都の高位貴族だし、辺境伯様は現国王陛下の弟にあたられるのだから、本来なら半年ほどの準備期間の後、盛大に護衛団を率いて辺境伯様が私を迎えに来るのが筋なのだ。
そういう事情もあり、街の騎士たちを含めて五十人程の大所帯になった私達は、その日の夜には無事に辺境伯の屋敷に到着した。今日は辺境伯のお膝元とも言えるリーホルムの街に近づいたせいか、昨日よりも道はなだらかで人の往来も多かった。
同じ街でも王都やその周辺とは建物の作りも違うし、街道を行く人の服装も随分と違うように見える。ここは王都よりも北にあり、気温が低くて夏は過ごしやすいが、冬は雪に閉ざされる事もあるという。今は初夏で、モーガン曰く一年で最も美しき過ごしやすい季節なのだという。
辺境伯の屋敷は、屋敷と言うよりも城塞と言った方がぴったりだった。元より隣国との国境に接し、建国以来小競り合いが続く場所だから仕方がないのかもしれないけれど、リーホルムの街自体も高い塀に囲まれて要塞と言ってもいい造りだった。王都の見栄えが良く華やかな街とは違い、堅実で頑丈さを第一に造られているのは明白だ。
街の入り口は大きな壁と大きな門があり、私達はそこを通ってようやくほっと安堵の息を吐いた。ただ、それは旅程が無事に終わった事への安堵で、別の問題はまだまだ山済みなのだけれど…
入城した頃には辺りもすっかり暗くなっていたため、私達の姿は街の住民の目にあまり触れる事なく済んだ。さすがに辺境伯に恥をかかせたくはなかったから、私もそこはホッとした。ユーニスはセネット家の無関心を思い出して腹を立てていたけれど、私はみんなが無事に辿り着けただけでも恩の字だと思っていた。
まぁ、家族の私への態度は今に始まった事ではないし、王妃様が私を気遣って馬車を用意してくれた話はいずれ広まる筈だ。そうなれば、真に恥をかくのはお父様達なのだ。
「遠路はるばるお越し頂き、誠にありがとうございます。私はヘーゼルダイン辺境伯家の筆頭家令のメイナードでございます。セネット侯爵家ご令嬢アレクシア様のご到着を心より歓迎します」
「ありがとう。セネット侯爵家が長女アレクシアです。歓迎痛み入ります」
出迎えたのは、辺境伯家の筆頭家令と使用人達だった。辺境伯は隣国からの重要な客人を持て成しているため、迎える事が出来ないという。そこは前もってモーガンからも聞いていたため、私が落胆をする事はなかった。そもそもここへ来る事自体が急な話だったのだから仕方ない。どうせこれもエリオット様の嫌がらせの一環なのだろうし。
メイナードに案内されたのは、居住区にある客室だった。急な事だったため、部屋の改装が間に合っていないのだという。改装が終わるまではここで過ごして欲しいと言われたが、幸いにも十分に手入れがされていて、私の実家の部屋などよりもずっとマシだった。部屋には寝室や浴室、侍女のための部屋も付いていたのも有難い。
「セネット侯爵令嬢様、こちらがお嬢様付きの侍女になります」
メイナードが連れてきたのは、私よりも二、三歳年上と見られる若い女性二人だった。名をローラとヒラリーと言い、ローラは茶色の髪と暗緑の瞳で、釣り目で勝ち気そうな感じだ。一方のヒラリーは黒髪と紺色の瞳で、背は低く目じりが下がって柔和そうに見えるが、軽薄そうな印象だった。
「アレクシアです。よろしくね」
「ローラです。心よりお仕えさせていただきます」
「ヒラリーです。何なりとお申し付けください」
殊勝に頭を下げてはいるが、彼女たちは敵か味方か…正直あまりいい印象はなかったが、辺境伯様が付けたとなれば文句の言いようもなかった。
「メイナード、この二人はユーニス=トイ伯爵令嬢と、ビリー=デイン男爵子息よ。王妃様が直々お付け下さった私専用の侍女と護衛です。王妃様より引き続き私につくようにとのご指示ですので、どうかそのように」
「…畏まりました。それではお部屋をご用意させて頂きます」
一瞬間があったが、メイナードは二人のための部屋を準備すると言って部屋を後にした。彼らは私の事情を知っているだろうが、まさか王妃様が付けた侍女と護衛がいるのは想定外だったらしい。私付きの侍女と紹介された二人が表情をこわばらせているのを、私もユーニスもビリーも見逃さなかった。
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