第17話 辺境伯との対面

 翌日、私は予定通り、案内された応接室で辺境伯にお会いした。

 今日のドレスはユーニスが完璧に仕上げてくれたから、多分失礼にはならないだろう。今日のドレスは上は濃紺で下に向かうにつれて色が薄くなるグラデーションで、過度な装飾がないシンプルなものだ。そのかわり生地はいいものを使い、控えめながらも気品がある。これも実は王妃様からの贈り物で、馬車の荷物の中に含まれていた。家族は何も用意してくれなかったので、王妃様には感謝しかない。


 辺境伯について私が知っている事と言えば、年が三十三歳で、以前は第一騎士団の団長をされていた事。現陛下が即位されたのと同時にヘーゼルダイン辺境伯の養子に入られてそのまま辺境伯を継がれた事。隣国との戦いで顔に酷い傷を負われて醜くなってしまい、その後性格まで冷酷無比となられた事、くらいだった。


 だったのだけど…


「ようこそ、セネット侯爵令嬢アレクシア嬢。私がヘーゼルダイン辺境伯ローレンスです。お迎えに上がれずに大変失礼いたしました」

「いえ…セネット侯爵家のアレクシアです。…こちらこそ急な訪問で大変失礼いたしました」


 目の前にいらっしゃるのは、顔に傷一つない、実に秀麗なお顔をされた美丈夫だ。これは…アレかしら?婚姻が嫌で影武者を使われているとか?噂を鵜呑みにする事はない私だったが、こうも状況が違ってくると困惑するしかなかった。

 豪奢さを感じさせる黄金の髪に蒼天の瞳、すっと通った鼻筋に薄くて形のいい唇が、最高のバランスで配置されていた。背も高くて程よく筋肉がついた身体には、騎士服がこれ以上ないくらいにお似合いだ。姿勢の良さもあって堂々とした威厳を醸し出している。しかも、何というか…妙に色気がある。


 正直に言おう、エリオット様なんかの百倍以上素敵だ…


 お陰でいつものように冷静に対応できない。うう…私一人で対峙しなければいけないというのに、相手の風格に飲まれてしまっている…まずい…


「詳しい事は王妃様からの書状で伺っております。何と言いますか…甥が随分と失礼致しました」

「い、いえ!辺境伯様に謝罪して頂く必要はございません。元はと言えばエリオット様のお心を繋ぎ留められなかった私の力不足です。それに…お恥ずかしながら私の妹にも問題はありますし…」


 そう、今回の事は私も一方的な被害者という訳ではないだろう。私にも至らないところがあったのがそもそもの原因だ。でもエリオット様の事は全く好きになれなかったから、婚約破棄してくれないかなぁ…とは思っていたけれど。


「…お互い、不出来な身内を持つと苦労しますね」

「え…いえ…そのような…」


 困ったような笑顔を浮かべてそう仰られたけれど、変に謙遜されると言葉に困ってしまう。でも、ここは肯定すべきところでない。今は辺境伯の身分でも、相手は王族なのだ。


「それはそうと…セネット嬢はどうお考えですか?」

「はい?」

「私との婚姻ですよ。私はあなたの倍ほどの年齢だ。こんな年寄りの相手はお嫌ではありませんか?」

「いえ、そのような事は…むしろ私の方こそ、このような傷物で申し訳ありません…」

「傷物などと仰らないでください。元はと言えば甥のせいですから。ですが、正直に申し上げましょう。私はあなたを娶るつもりはありません。とは言え王命ですので、婚姻を断る事は出来ない。それで提案です。三年間、夫婦の振りをして、その後はそれぞれ自由になりませんか?」

「それは…白い結婚、という事で?」

「話が早くて助かりますね。その通りです。あなたはまだ若くて愛らしい。こんな辺鄙なところで倍ほどの年の男の妻になるのは勿体ない」

「そのような事は…」

「三年、我慢してください。その間にあなたが望むような相手を探しましょう」


 なるほど、辺境伯様は白い結婚をお望みらしい。まぁ、確かに年も離れているし、勅命だから体裁だけでも、という訳か…でも、それはそれで好都合かも…別に結婚したくはないが、三年後には解放してくれるというのだ。しかも白い結婚なら、夜のお相手をする必要もない。もしかすると私にとってベストかもしれない。


「ローレンス、いきなり白い結婚を提案とは、失礼が過ぎるぞ」


 私がぜひそのように、と言おうとしたところで、別の声が割り込んできた。どこかで聞いたような声だと記憶が震えた私が声の方をすると、そこには髪と髭を白くしながらも、なお筋骨逞しい壮年の男性が立っていた。


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