第14話 新しい味方
辺境伯から迎えに来た護衛団に守られ、私は辺境伯の屋敷に向かって出発した。街から辺境伯の屋敷に通じる道は、予想通り険しい山道や深い森が続き、人の往来も格段に少なくなっていた。この中を四人の護衛で進むなんて無謀だったな…と、辺境伯領の事を知らなかった自分の甘さに愕然とした。
辺境伯の護衛団は二十人程で、団をまとめているのはモーガンと言う人物だった。中年の落ち着いた感じの騎士で、言動は丁寧で誠実な人柄が伺えた。顔に痛々しい傷跡があるから恐ろしげだが、それよりも気になったのは左足だった。馬に乗っている時は気にならなかったが、歩いていると僅かに引きずる様な仕草を感じたのだ。もしかして足を痛めているのだろうか…
移動を開始して二日目の晩、モーガンが翌日の予定を報告しに来た時、私は思い切って尋ねてみる事にした。
「モーガン様、失礼ですが…左足を痛められているのですか?」
「え?」
「あ…不躾な質問で申し訳ございません。でも…何だか庇うように歩かれている気がしたので…」
私の質問に、モーガンは僅かに眉をひそめたため、私は自分の予想が当たっているのを感じた。
「…よく、お分かりになりましたね。実は…ここを発つ直前に少々痛めまして…」
「まぁ、そうだったのですね。申し訳ございません。私が急に押しかけたりしたものだから…」
「いいえ、セネット様がお気になさる必要はございません。怪我をするのは弛んでいる証拠。私の慢心と油断が原因ですから」
どうやらモーガン殿は思った以上に生真面目な性格だったらしい。困ったような表情を浮かべながらも、親子以上に年が違う私にも真摯に応えてくれた。だからこそ、私はある提案をする気になった。
「モーガン様。よければ傷を見せて頂けませんか?もしかしたら治す事が出来るかもしれませんので」
「は?セネット様が、ですか?」
「ええ。私も僅かですが、治癒魔法が使えますので」
「は?なんですと?」
「最も、修行も何もしていませんので、完全には治せないかもしれませんが…でも、痛みや腫れを軽くすることは出来ると思います」
最初は身分の差から断っていたモーガン殿だったが、ユーニスからも勧めて貰うと、酷く恐縮しながらも受け入れてくれた。
「こ、これは…!」
膝の状態を確認した後で私が治癒魔法をかけると、モーガン殿の足の腫れと赤みは治まったように見えた。
「如何ですか?」
「…は、はいっ!…ほ、本当に…痛みが…消えてる…!」
モーガン殿は未だに信じられないと言った表情を浮かべながら、足を曲げたり延ばしたりしていた。一般の人が治癒魔法を受ける事はまずあり得ないから、信じられないのは仕方ないだろう。
「よかった。私の力でも間に合ったようですね」
「…あ、ありがとう、ございます…!本当に…お礼のしようもありません…」
「お礼など不要ですわ。むしろ私のせいで余計なお手間をおかけしてしまったので、そのお礼になれば嬉しいです」
これは私の本音だった。と言うのも、護衛団の様子から私の輿入れが辺境伯領では歓迎されていないと感じたからだ。
私も高位貴族の令嬢として育ったし、王子妃教育を受けてきたから、相手の考えはある程度読む事は出来る。そもそも、魑魅魍魎とも言える高位貴族の世界では、それが出来ないと生き残れないとも言える。そんな私には、護衛団に流れる空気を読み取ることは容易だった。多くの者は私を見る目に嫌忌を宿していたのだ。
ある程度予想していたとはいえ、実際にそれを感じるのは結構きつかった。まぁ、辺境伯様にしても王子に婚約破棄された傷物の令嬢を押し付けられたのだから、そりゃあいい気分はしないだろう。
だが、私もここで生きていく以外に道はない。ユーニスやビリー、そして四人の護衛達のためにも、今は辺境伯の屋敷に着くまでは友好な関係を少しでも築きたかったのだ。そのためには、辺境伯に信用されていて、実直で部下にも信用されていそうな人物を味方につける必要があった。その為の手段が、治癒魔法だったのだ。
「セネット様、ありがとうございました。これで主の命を全うする事が出来ます!」
「まぁ、お役に立てたなら嬉しいですわ。でも、まだ一二日は無理なさらないでくださいね」
にっこりと笑顔を浮かべた私に、モーガン様も照れるような笑顔を浮かべた。
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