第5話 侍女からの警告

 家を出てから二日目の夜、私達は大きな街の宿に泊まった。一応私も上級貴族の令嬢だし、現国王の弟君への輿入れのための旅という事で、移動は余裕のあるペースで泊まるのも貴族向けのものだった。


「お嬢様、お疲れではありませんか?」


 侍女のユーニスが心配そうに私の顔を覗き込んだ。本来なら主人に対しての態度ではないけれど、ユーニスとは付き合いも長く、ぞんざいに扱われていたセネット家の中で唯一、私の味方をしてくれた頼もしい味方だったから、こんな気安い態度が私には嬉しかった。


「ありがとう。ユーニスこそ無理していない?」


 私のせいで辺境伯領まで行く事になってしまった事に、申し訳ない気持ちだった。ユーニスもビリーも、エリオット様の婚約者だからつけられた従者だから、破棄された今、彼女たちが私に仕える根拠はなくなっていた。それなのに二人が私と一緒に辺境伯領まで行ってくれると聞いた時には、涙が出るほど嬉しかった。家族として扱って貰えなかったあの屋敷では、この二人の方がよっぽど私を気遣ってくれたからだ。


「私は大丈夫ですよ。丈夫なのが取り柄ですから」


 そう言ってカラカラと笑うユーニスの笑顔に私はどれほど慰められただろう。彼女の明るく前向きで竹を割ったような性格は、私にとって清涼剤だった。エリオット様に目立つな、地味にしろと言われて自分を抑えていた私を救ってくれたのは彼女なのだ。彼女に、じゃあ、私の前では素を出して下さいと言われて、彼女にだけは本音を打ち明けられるようになったから、私は潰れずに今までやってこれたのだと思う。


「さ、お茶をどうぞ」

「ありがとう」


 ユーニスが入れてくれたお茶を口に含むと、芳ばしい香りが口の中に広がった。うん、彼女の入れるお茶はやっぱり最高だ。


「ところでお嬢様、ちょっとよろしいですが?ドレスのレースが…」

「なぁに?」


 ああ、この言い方をする時は、何か気がかりで面倒な事があったという事ね。ユーニスは元騎士だし、王妃様にもお仕えしていたから、色んな事に目端が利くのだ。


「…護衛なんですが…もしかするとネズミが入り込んでいるかもしれません」

「…そう…」


 胸元のレースを見る仕草をしたユーニスは、私にしか聞こえないような小声でそう告げた。ここ数年、エリオット様との仲が冷え切ってからは、ユーニスは気がかりな事があると、こうして何かをしているふりをして教えてくれるのだ。今回は、護衛の中に私を害しようとするものが紛れている可能性を示していた。


 今回、王妃様がわざわざ私のために馬車を遣わして下さったのは、第一には私の実家が何もしようとしなかったからだ。婚約破棄された私を傷物の厄介者としか見ない両親は、早く出発しろと急かすばかりで、辺境伯領への旅程について何も手を打たなかった。

 婚約破棄されたとはいえ、王弟に当たられる方との婚姻を命じられたのだから、本来ならば両親はセネット家として盛大に嫁入りの準備をする必要があった。どんな経過があろうとも、王家に連なる方との婚姻を何の準備もせずに身一つで早く行けと急かすのは、この婚姻を命じた王家に対しても、王弟に当たられるヘーゼルダイン辺境伯にも不敬にあたる。

 だが、妹がエリオット様と婚約する事で頭がいっぱいの両親はそんな事には気が付かなかった。まぁ、大方エリオット様が私に恥をかかせるか、またはヘーゼルダイン辺境伯から追い返されるのを期待して、メイベルを通して両親に何もするなと言っている可能性もあるのだけれど…


 その事をユーニスからの報告で知った王妃様が、慌てて馬車と護衛を準備してくださったからまだよかったものの、下手をすれば辻馬車で向かう事になっていたかもしれないのだ。


 ユーニスが言わんとしている事は、私も感じていた事だった。あまりにも急に決まった旅程なだけに、護衛に人選に時間をかけている余裕がなかったのだろう。

 今回、私に同行してくれているのはユーニスとビリーと護衛騎士だが、ユーニスとビリーは王妃様直々に私を守れと命じられているので問題はない。

 問題なのは、馬車と一緒に派遣された護衛達だ。護衛四人は騎士団に所属している者だが、どういう形で選ばれたのかがはっきりしなかったため、ビリーは最初から警戒していたし、ユーニスも彼らに親し気に声はかけたが気は許していなかった。


「念のためお気を付けください。決して私かビリーから離れませんように…さ!これで大丈夫です。レースがほつれていましたけど、応急処置はしましたので見た目には問題ないです」

「ありがとう。ユーニスは裁縫まで上手なんて、何だかずるいわ」


 さりげなく警告してくれたユーニスに笑顔でお礼を告げた私は、再びお茶を口に含んだ。護衛の事は気がかりだが、ユーニスのお茶は嫌な感情を洗い流してすっきりさせてくれた。


(さて…どう出てくるかしらね…)


 ユーニスの杞憂が杞憂で終わってくれればいいけれど…まだ先の長い旅程を思い、私は護衛の顔を一人一人思い浮かべながら、さらに一口お茶を含んだ。

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