第4話 一人ぼっちの旅立ち

 婚約破棄から三日後、私は生まれ育った屋敷を出てヘーゼルダイン辺境伯領へと向かっていた。王都からは馬車で約二週間はかかるから、しっかり準備をして…と思っていたけれど、両親はそんな事はお構いなしでさっさと行けと急き立てるため、私は最低限の荷物だけ持って家を出る羽目になったのだ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「疲れたら遠慮なく仰ってください」

「二人とも、ありがとう」


 同行してくれたのは、エリオット様の婚約者になってから王家が付けた侍女のユーニスと護衛のビリー、そして有難い事に道中危険だといけないからとの王妃様の計らいで、大型馬車と護衛騎士を寄こして下さった。


 ユーニスはトイ伯爵家の次女で、家が没落したために王宮で侍女として働いていたという。王妃様に気に入られて王妃様付になり、三年前に我が家に派遣された。その為、両親やメイベルですら彼女に命令する事は出来ず、あの屋敷内では人目を憚らずに私の味方をしてくれた貴重な存在だった。一応侍女ではあるが一つしか年が離れていないから、私にとっては侍女と言うよりも親友のような存在だ。


 もう一人はビリー=デイン。年齢は教えてくれないからわからないが、多分三十歳前後だろう。彼も王子の婚約者の護衛として王家から派遣されてきたけど、一年前に先任者と後退しているため付き合いは長くない。自分の事を語りたがらないので詳しくは知らないが、どうやら子爵家の出らしい。

 男性だけど女性みたいに綺麗な顔をしていて、よくメイベルが取り巻きに欲しいと駄々をこねていた。さすがに王家から派遣された騎士を勝手にどうこう出来る筈もなく…いつも物欲しそうにしているメイベルが痛かった…


 王妃様からのお手紙には、今回の婚約破棄への謝罪とこれまでの労いの言葉、そして困った時には王妃様の弟君を頼るようにとのお気遣いまで頂いてしまった。今回の辺境伯との婚姻も、王妃様は最初は反対だったけれど、今後私への世間の風当たりや実家がどう私を扱うかが心配になったので、あえてエリオット様の策に乗ったのだ、とあった。ヘーゼルダイン辺境伯は陛下の弟君で聡明で素晴らしい人だから何も心配いらない、とも。


 一時は見捨てられたかと思っていたけれど、こうしてお気遣い頂けるなんて、これまで頑張ってきた事が報われた気がした。これからは滅多にお会い出来ないけれど、辺境伯の妻として陛下と王妃様には心を込めてお仕え出来たらと思う。


 さすがに馬車での旅はきつかったが、生まれて初めて王都の外に出た私はワクワクしていた。王子妃になったら王都から出る事も出来なかったが、これからはもう少しマシな人生になるのではないか…その期待が今の私の希望だった。

 あのままエリオット様と結婚しても、幸せになれる気がしなかった。エリオット様は女好きだし、頭もかなり…なので、公務をまともにこなせるとも思えない。第二王子は王太子様に何かあった時のスペアでもあるから臣下に下る事も出来ず、かと言って一歩間違うと謀反に利用される可能性もあるため、言動には常に注意が必要で、実を言うとあまり役得ではないのだ。正直言って婚約破棄されたのは、私にとっては幸運だった。


 そうは言っても、ヘーゼルダイン辺境伯についてあまりいい噂を王都では聞かなかったから不安もある。年は確か三十三歳で、今の陛下の末の弟にあたる。王位継承順位は低かったから早々に見切りをつけて騎士団に入団し、一つの団の団長を務めるほどの実力者だったという。だが、陛下が即位される際に、反国王派に祭り上げられる可能性があるからと自ら臣下に下り、ちょうど隣国との小競り合いが続いていたヘーゼルダイン辺境伯の元に養子に入ったという。

 その辺境伯様も、メイベルが言っていた通り、昔は大変な美男子だったけれど、戦いの傷が元で今は恐ろしい容貌に変わってしまわれたという。まぁ、正直言ってエリオット様みたいに顔だけ男には興味がないからそこはいいのだけど…

 私が一番気にするのは、やはり性格だった。昔は聡明で公明正大なお人柄だと言われていたそうだけど、今は性格も粗野で冷酷無比だと言われている。さすがになぁ…夫婦になるからには多少は歩み寄れる相手がいい。元より政略結婚なのだから恋愛感情などある筈もないのだけど、せめて家族として困らない程度には仲良くしたいところだ。


 ただ…エリオット様との破局は願ってもいない事ではあったけれど、これまで卒なく人付き合いもこなしていたと思っていた自信を失わせる力は十分にあった。これから結婚するというのに…私の胸は全く晴れる事がなかった。


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