2
僕は、自分の職場である都内の少し大きな大学へとコーヒーを抱えて歩みを進めていく。そのうしろに、彼女はバックを抱え、ぴったりとついてくる。やがて僕の研究室にたどり着き、僕と彼女は腰がけた。
「それで……どちらさまですか……」
彼女はためらいながら、答えた。
「あなたと同じ研究をしています」
僕は首を傾げた。「同じ学会ですかね?その、お名前は?」
彼女はおもむろに答えた。
「
「しくも……」
その時、彼女の思い出が蘇ってくる。ふと僕は訪ねた。
「生きて、いたの……」
彼女は驚いて言った。
「ち、違うよ!」
僕は俯く。
「すみません。その、似ていたもので……彼女は、もっと髪が長くて……」
彼女はほっとしたかのようだった。それで僕は訪ねた。
「それでどうして、僕のもとに……」
「人が自殺しようとしてたら、誰だって止める」
僕は俯く。
「それは、すみません」
彼女は僕に言った。
「どうして、あんなことを……」
僕は顔をあげる。そこには、心配そうな彼女の眼差しがある。とても見覚えのある。だから、僕は言った。
「自分の研究が、うまくいかなくて……」
「人格の保存、ね」
僕は頷いた。
「僕はさらに単純化して、こう表現しています。消えゆく人類の、魂の存続と」
そして、僕は思考すると、プロジェクターが突如として起動する。そして、ひとりの女性を映し出した。彼女は僕をみつめ、微笑んでいる。それを、琴永さんは呆然と見つめている。
「実用化、していたの」
僕は首を振る。
「確かに死んだ彼女は、ずっと僕のうしろにいる。けれど、何かを語ることはない。そして、あなたのように僕を止めたりすることもありません」
僕は続けた。
「だから、僕は諦めてしまった」
彼女は俯く。
「それは、つらかったね」
僕は首を振った。
「僕のやってること自体が、間違っているんです。自然の摂理を超えて、死んだはずの誰かと、もう一度誰かに会おうとする。それは、許されないことなんです」
プロジェクターに映された彼女は、ただ微笑むだけ。まるで、写真のように。それが悲しくて、僕は俯くしかないのだ。
長い沈黙のなか、ふと琴永さんは言った。
「あの、この研究を、もっとがんばったりとか、できないの」
僕は首を振った。
「できることはしました。ですが、本質的なところに踏み込もうとすると失敗するんです」
「具体的には?」
「魂をつくるとき、彼女のことを知ることが何よりも必要なんです。でも、それをしようとすればするほど、誰かに気づかれ、阻まれてしまう」
彼女は俯く。
「この世界は、それを許さないことで成り立っているから……」
僕は頷く。
「この
僕は置かれたコーヒーを眺める。
「そのままに、僕は誰かの血で作られたこのコーヒーを飲んで、生き延びていく。頑張れば、ただ人を犠牲にすることになる」
彼女は俯いたままだった。だから僕は気がついた。
「ごめんなさい。あなたに止めてもらったのに」
彼女は首を振った。そして、訊ねてきた。
「その
僕は訊ねる。
「どうやって……」
彼女はバックから、書類を取り出していく。それを僕は手に取る。けれど、強烈な違和感があった。そのとき、彼女は訊ねてくる。
「どうかした?」
「いえ、すみません。何かが書いてあるはずなんですが、うまく、読めなくて……」
「ああ、あなたの作り上げようとしているその子の、調査をしてもいいっていう許可の書類たちだよ」
僕は顔を上げる。
「あなたは一体、何者なんです……」
彼女は微笑んだ。
「あなたにとっては、神様かな」
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