第27話 マイア

「なるほどっす.でもいいんすか?」

「ああ.二人が反対じゃなければだけど」


宿にゾルデを呼び出し,イリスと俺を含む3人で昨日のマイアの提案について話し合った.アノスは,王様に『お願い』された時点ですべて受け入れたらしく,契約については俺たちで決めることになった.結論としては,俺たちは通信機の製造方法

や中継施設の運用に関する権利もマイアの商会に渡すことにした.


「わたしはどっちでもいいわ」

「同じくっす」


今後も通信機を使った商売を続けるなら重要な情報は渡さないか,渡すにしても最低限にするべきなのかもしれない.だが,いつまでもイリスたちに通信機用の魔石の作成をさせておくわけにもいかない……そもそも俺は引きこもってネットをしたいだけなのだ.


(あと,マイアとは繋がりを持っておいた方が良い気がするんだよな……)


先触れを出し,指定された時間にマイアとの話し合いに向かう.ゾルデはお城に近寄るのがあまり気が乗らないらしく店に戻った.話し合いの場として指定された屋敷は,城にほど近い場所にあった.


建物に入るとマイアの他に国王とその護衛がいた.


「ではマイア,話が終わったらまっすぐ城に帰ってくるのだぞ.くれぐれも街に出たりするんじゃないぞ」

「わかっています」

「とはいっても,先日も勝手に城を抜け出して……」

「お父様,あまりしつこいと嫌いになりますよ」

「なっ,そんなこと言わないでおくれ.マイア」


王様がいたのはびっくりしたが,マイアを送ってきただけだったようで馬車で城に戻っていった.国王自ら出向くとかどれだけ親バカなんだ.


マイアが席についたのを見てから俺たちも着席する.


「……気を取り直して,本題にいたしましょう」


「その前に,今後はマイア様とお呼びすれば良いでしょうか?」

マイアのことをどう呼んだら良いのか質問する.出会ったときはまさか王女様だなんて思っていなかったので呼び捨てにしてしまった気がする.


「マイアとお呼びください.かしこまった口調もやめてもらえると嬉しいです」


「ですが,流石に王女様相手にくだけた口調で話すのは……」

「かしこまった口調もやめてもらえると嬉しいです」


「わかりました」

「かしこまった口調もやめてもらえると嬉しいです」


「……わかった」


「早速ですが…………早速だけど,契約の内容を確認したいんだけどいいか?」

「もちろんです」

マイア自身は言葉遣いを変える様子は無いので,こちらだけくだけた口調で話すのは少しやりにくい.


「俺たちが契約するのは,ここに書かれた商会なんだよな?」

「はい.それが私の商会です.何か問題でも?」

契約書に書かれた商会の名前に覚えがあった.というか,以前から通信機の製法を渡すように圧力をかけてきていた王都の商会で散々見た名前だ.そもそも,今回王都まで来ることになったのは,その商会からの圧力が発端だ.マイアはこちらの質問の意味に気づいているはずだが,追求はさせてもらえなさそうだ.


契約についての疑問点を解消していく.とはいっても大きな問題は無さそうなので,ほとんどは事務的なものだ.マイアの手のひらの上なのが若干気になるが,条件自体は問題ない.


「最後の確認だけど,俺の契約書だけ金額が微妙に違うのはなぜだ?」

ほとんど同じ内容の契約書が3枚あるのだが,俺だけ銅貨5枚分多く,とても中途半端な額が書かれていた.


「それは先日いただいた揚げパンの代金です.もちろん,銅貨5枚分の感謝しかしていないわけではないので,お礼は別途用意いたします」

「いや,ただの揚げパンだしお礼とか不要だ」

「……そうですか」


「契約内容に不満がありますか?契約金はさすがにこれ以上を払うことはできません」


「多すぎるくらいだ」

「そうね.こんなに払って商会は大丈夫なの?」

イリスが言うように,普通の商会が払うような額では無い.昨日の様子だと,国が資金を出しているということも無さそうに思う.


「そうですね.この国の経済規模ではどうやっても回収に時間がかかるでしょう」

「なら,戦争でもするつもり?」

「確かに,通信機があれば戦争を有利に進められるでしょう.この機に領土を拡大するべきだという意見が出ることも予想しています.でも戦争を起こさせるつもりはありません」

「じゃあ,どうするつもりなの?」

「周辺の国にも通信設備を売るつもりです.そうすれば十分すぎるほどの利益が出るはずです」

なるほど.国としてはまずは国内で独占したほうが国力が強まるが,商人としては売る相手がいるなら売るのが自然な発想だ.



「あと,先日の王都での拠点用に,この建物を提供します.少し狭いかもしれませんが,すぐ提供できる物件が他になかったので我慢してください」

「ありがとうございます」

(狭くはないどころか……貴族街の中でも明らかに一等地に建っているお屋敷なんだけど)

そもそも,商売のための拠点はもう不要になってしまった.


イリスとアノスは警備や建物の間取りについて説明を受けるために部屋を出ていった.俺も席を立とうとしたが,マイアと目が合ったような気がしたので部屋に残る.


「マイアに聞きたいことがあったんだ」

「それは奇遇ですね.私もあなたに聞きたいことがありました」

マイアが目配せをすると使用人が部屋から出ていく.


「そちらの質問からどうぞ」

「スマートフォンを知ってたりするか?」

「すまーとふぉ?申し訳ありません,初めて聞く言葉です」

昨日から考えているが,あれはどう見てもスマホやタブレット端末を知っている人間が書いたものだ.でも何か隠している様子はない.

「昨日見せてくれた,通信端末の絵はマイアが考えたものか?」


「そうですか……やはり……あれは私が考えたものですが,おそらく似たものが存在していたはずなのです」

俺の質問に,何か納得がいった様子のマイアだったが,答えは要領を得ない.


「存在していた?」

「王家に伝わる文献や各地に残る遺跡に関する資料に,過去に絵や文字を遠くに伝達できる通信手段についての記述がありました」


俺以外に転生者がいるわけではないのか.だが,興味深い話だ.


「この世界は緩やかに衰退しているんだそうです」

「確かにイリスもそんなことを言っていたな」

「実際,この国の歴史もそれを裏付けています.学者様が言うには星の寿命ではないかと.でもわたくしは再び人類の文明を発展させたいのです」


(星の寿命となるとスケールが大きい上にどうしようもないな……)


「次はわたくしの質問です.あなたはどうやって通信機の仕組みに行き着いたのですか?」

驚いたことにマイアがの質問も俺と似たような内容だった.

「あれは俺が考えたわけじゃなくて,俺が生まれた国にあったものを真似ようとしたものだ」

「それは先程の,すまーとふぉのことですね.あなたはどこから来たのですか?この国のものではないのは明らかですし,他の大陸にもそのようなものは……」


話している途中,『くーぅ』という可愛い音が聞こえてマイアを見ると,頬を赤らめていた.


「これで良ければ食べるか?」

「……これは食べ物ですか?すごく硬いです」

日持ちするだけが取り柄の硬いパンをカバンから取り出してマイアに渡す.


マイアを見れば,パンを手でちぎるのを早々に諦めて,直接かじりつこうとしている.王女様がしてよい行為ではないだろう.

いつのまにか部屋に戻ってきていた使用人に睨まれた気がしたが,特に何も言われなかった.


「庶民の方はこのようなものを召し上がっているのですね……この国の食糧事情を楽観しすぎていたかもしれません」

パンと格闘していたマイアだったが,途中でギブアップしたので,残りを俺が処理する.ちなみにこれほど硬いパンはあの宿以外では見たことがない.


当面の時間と資金と用意できそうだし,そろそろ引きこもるためのネット環境を整えよう.

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