第26話 小さいは正義
王様に対して『あなた誰?』と聞くのはダメな気がする.不興を買っていきなり不敬罪で死罪とか言われたらどうしよう.
「失礼しました!陛下のお顔を存じ上げませんでした.どうか命だけは……」
「心配せずともそんなことで罰したりせぬ」
温厚な王様なようで助かった.
「もしここが公式な場であったならば話も変わってくるがな」
そもそも,国王に謁見するのはアノスだけだと言っていたのに,なんでここに国王がやってくるのかわからない.
「お父様,そんなことより大事なお話があるのでしょう?」
「わかっておる」
国王を『お父様』と呼んでいるのはマイアだ.この王様が父親なのだとすると,マイアは王女ということになる.イリスのことも親戚だと言っていたはずだし,気になることが多い.
「そなたらに……頼みがある」
表情こそ毅然としているが,口調には少しの迷いと切実さが感じられた.一体何を言われるのかと戦々恐々としていると,先にイリスがイリスが質問を投げる.
「頼みというのはどんなことでしょう?」
「まず確認だが,通信機はそなたらの発案だというのは本当か?」
「俺たちと,ここにはいない細工師です」
「その細工師というのはゾルデという方ではないかしら?」
「そういえば,お城で魔術師の見習いをやっていたって言ってたな」
「見習いなんてとんでもありませんわ.本人は向いていないとおっしゃっていましたけれど,とても優秀な方でした.そもそも宮廷魔術師に見習いなんて身分はありません」
どうやらマイアはゾルデのことも知っているようだ.
「お願いというのは通信機の製法についてだ.ここに足を運んだのは,そなたらの同意が必要だと言われたからだ」
話の流れから予期はしていたが,やはりそうきたか.通信網の重要さを理解しているなら辺境の領地にまかせてはおけないと思うのも仕方ないだろう.そもそも王都に足を運んだのが,そういった圧力に対応するためだ.
いつまでも独占しておくのは難しいと思っていたが,いきなり国が相手になるとは思っていなかった.まだまだこれからという段階だし,特定の組織に渡すとなると,絶対にパワーバランスに影響が出る.戦争には使わないでほしいと言ったところで約束はしてもらえないだろう.
ただ,国王に言われたのでは断るのは難しそうだ.そう思ったのだが,横にいるイリスを伺うと,何か思いついたような顔をしていた.
「これは,陛下からの命令と思って良いのかしら?」
「あくまでお願いだ.断った事によって不当な扱いを受けないことは約束しよう.それでも,できれば答えてほしい」
「なるほど……つまりマイア絡みということね」
「……そうだ」
皆の目がマイアの方を注目する.
「お父様?」
「娘のお願いだからと言って,国王が命令するわけにはいかんだろう」
「仕方ありません.私から説明しますわ」
いたずらがバレた子供のような顔をしている.
「通信機をぜひ私の商会で取り扱わせてほしいのです」
「マイアの商会?」
おこずかい欲しさで始めた商売が成功して,王都の商人を何人も抱える商会にまでなってしまったらしい.
「マイアは王女様なんだからお金には困らないんじゃないのか?」
「お母様はお金に厳しいのです」
「あたりまえだ.国庫の資産はたとえ王族とて考えなしに使って良いものでは無い」
この国は少なくともお金については健全な運用がなされているようだ.
「あなたの商会に通信機を優先的に融通するだけではだめ?」
「私はただ通信機を売りたいだけではないの.商会で契約している工房で作る予定です.もう試作品を作って反応を見ているところなので,すぐにでも本格的に生産したいのです」
「試作品?」
「見てもらったほうが早いかもしれませんね」
マイアが合図すると,使用人のような女性が設計図のようなものが書かれた羊皮紙と,小箱のようなものを運んでくる.最初から準備してあったようだ.
木製の小箱をよく見ると,見覚えがあった.派手な装飾こそ無いが,今朝ゾルデが持ってきたものと同じものだった.
「この通信機はマイアが改造したものだったの?」
「わたしが自分で作ったわけではありませんわ.私が不器用だってイリスお姉さまは知っているでしょう?私は可能な限り小型化するように工房に依頼しただけです.本当はもっと小さくしたいのですけど」
「どうして小さくしたいんだ?」
現時点で,俺たちが作ったものよりだいぶ小さいが,もっと小型化したいらしい.
羊皮紙を見るように促されて,設計図のようなものの横に描かれた実寸らしき絵のひとつを見て衝撃を受けた.
「この大きさならいつも持ち歩けるでしょう?工房の職人に確認したら,使う魔石を選別したり内部に刻印する魔法陣の配置を見直せば,実現可能だと言われました.小さいは正義です!」
今の通信機が同じ動作原理のままずいぶんと小型化できるというのに驚いたのは確かだが,もっと驚いた点があった.
「これは何ですか?」
「これって……」
流石にイリスも気づいたようだ.
「それは,通信機の将来の形です.もちろん実際にそのまま商品化できると思っていませんが,有力候補の一つです」
そこに描かれていたのはスマホにしか見えない機器だった.むしろ俺の知っているスマホよりもさらに薄くて軽そうだ.イリスは俺のタブレットPCを使っていたので,それに似たものだとわかったのだろう.
「これをどうやって思いついたんでしょうか?」
「市場調査と試行錯誤の成果ですわ」
(……あり得ない)
いくつか小さい操作ボタンのような物がある以外は表面の殆どをスクリーンが覆っている.説明はよくわからないがタッチスクリーンのようだ.スマホにそっくりなのが偶然の一致とも思えないし,文字だけを表示する用途でこんな形状に到達することはありえない.
(もしかして俺と同じような境遇の人間がいるのか?)
「小型化するために,製法を一から知しりたいのね」
「それで,製法を譲ってもらえるのかしら?もちろん,相応の対価を用意するつもりです」
マイアが使用人に何かを伝えて,ほどなく戻ってきた使用人から俺とイリスに羊皮紙が渡される.そこにはいろいろな条件や金額が書いてあった.
金貨5万枚と銅貨2枚と書かれている.分割払いのようだが,日本円にすると50億円くらいだろうか.途方もない金額だ.
(中途半端な銅貨2枚はいったい何だろう……あとから書き足したように見える)
「それは契約書の草案です」
「確認しますが,渡すのは通信機の製造方法だけで良いんですね?説明していませんでしたが,通信機だけでは誰とでも通信可能になるわけではありません」
「中継設備のことですね?報告は受けているので大丈夫です.設備の利用料については協議して決定すると書いてあります」
こほん,といままで空気だった王様が咳払いして発言する.
「結論を出すのは少し考えてからのほうが良いだろう.今日のところは帰って休みと良い.マイアは国の歴史の勉強の時間だ」
一日待ってくれるとのことだったので,この場はお開きになった.俺たちが王都に来た本来の理由の拠点の建物や設備についても,明日説明してもらうことになった.
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