第25話 再会
王都に向けて出発する日の朝,リッカと一緒に宿の前で馬車を待っていた.
「これ,よかったら途中で食べてください.日持ちだけはしますから」
リッカが持ってきた包みの中を確認すると,食べ慣れた硬いパンがいくつも入っていた.確かに日持ちしそうだ.
「……ありがたく頂くよ」
ほどなく馬車がやってきて宿の前に停まる.
「わたしも王都に行ってみたいです」
看板娘が何日も留守にしたらこの宿は潰れてしまうんじゃないだろうか.
「何かお土産を買ってくるよ」
今回は乗合馬車ではなく,領主の馬車だ.どこかで見た覚えのある馬車だと思ったら,この世界に来て一番最初に見かけた馬車だった.
リッカは何か気になることがあるのか視線を馬車の中と俺の間で往復させている.俺も気になって馬車を覗き込むが,見えるのはイリスとリサとゾルデだけだ.アノスも同行するはずだが,別の馬車に分かれて乗っているそうだ.
「お兄さん,この馬車で何日も旅をするんですか……」
なんだか急にリッカの口調が冷たくなった気がするが,他の街に行ったことが無いと言っていたので,旅が羨ましいのかもしれない.
「そうですね……うらやましいと考える人は多いと思いますよ?」
リッカに見送られ,街を出たところでアノスと護衛が乗った馬車と合流する.こちらの馬車には護衛はついていないが,リサがいれば大丈夫という判断のようだ.他に荷馬車が一台の合計3台の馬車で王都に向かう.
何事もなく馬車は最初の野営地点に到着した.荷馬車には王都に運ぶ通信機や中継機と食料が積まれている.
「思ったより王都に運ぶ中継機は少ないな」
王都を中心に商売をしている商人は多いので,シュターツよりも王都で通信を中継したほうがカバーできる地域は多くなる.なので,多くの利用者は中継局を王都にしたいと考えているはずだった.
「移転にかかる費用を考えてまだ様子見の人が多いでしょうし,お金に余裕がある人はシュターツと王都の両方で契約するつもりみたい」
「なるほど.複数拠点と通信できる通信機が売れそうだな」
「そうね.通信用の魔石だけ増やせば済むから,単純に複数の通信機の契約をするよりは安くなるはず」
「魔石一つで複数の場所と通信はできないのか?」
「使っている魔法陣を完全に理解したわけじゃないけど,元が転移魔法だし一対一の通信にしか使えないと思う.実は試してはみたのだけど,対になっている魔法陣を,3つ以上に増やすと全く発動しなかった」
日が暮れると,女性陣は馬車の中で眠り,俺は護衛の人たちが囲む焚き火の近くで毛布を被って横になる.前回はイリスが毛布に潜り込んできて驚いたが,今日は平和に眠れそうだった.
前回と同様に3日かけて王都に到着した.馬車のまま街に入り,今晩宿泊する宿の前で降りる.ゾルデは自分の店に向かい,リサは冒険者仲間と約束があると言って冒険者ギルドに出かけていった.
宿に泊まるのは,俺とイリスとアノスの3人だ.もちろん部屋は別々にとってあった.
「城に行くのは明日なんですよね」
「そうだ.謁見は俺一人で行うから二人は別室で待機していれば大丈夫だ.謁見のあと施設の下見に行く」
王様に合わなくて良いとわかって少し気が楽になった.
翌朝.
肌寒さを感じて目が覚めた.寝相が悪い自覚はないのだが布団が足元で丸くなっている.よく見ると,丸くなった布団がかすかに動いている気がする.
「イリス起きろ」
そう言いながら布団を持ち上げる.
「朝?」
顔を出したのは寝ぼけた顔のイリスだ.夜中に潜り込んできて俺の布団を奪って寝ていたらしい.
(こんなところ誰かに見られたら……)
そう考えているときにドアがノックされ,心臓が飛び出そうになる.
ドアの外にいたのはゾルデだった.急いでイリスの衣服を整えさせてから招き入れる.
「これを見てほしいっす」
ゾルデがごてごてと装飾された板のようなものを部屋のテーブルの上に置く.
「今朝,これの修理を依頼されたっす.どこの店でも修理を断られるから,ダメ元でうちに持ち込んだらしいっす」
「なにこれ?」
「よく見てほしいっす」
「もしかして通信機?」
イリスが手に持った箱を触りながら予想を口にする.
「そうっす」
「もう模倣品が作られたのか?」
「模倣品というわけじゃなくて,改造したみたいっす」
「外装はともかく,小さいな」
外装に加えられた装飾はともかく,本体のサイズが本来売られているものよりだいぶ小さく見える.というか,分厚いスマホのように見える.
「これは一体誰が?」
「どうやら,王都で似たような改造品が流通してるぽいっす.修理に持ち込んだ持ち主は,装飾をいじっただけと言っていたっす」
そうこうしている間に城に向かう時間になってしまった.詳しく調べるのは城から戻ってからだな.
馬車で貴族街を抜けて王城へ.
国王に謁見するのはアノスだけなので別室で待機する.応接室のような部屋には先客がいた.
「イリスお姉さま!」
「もしかしてマイア?どうしてここに?」
「はい.イリスお姉さまが来ると聞いて,お父様にお願いしました.覚えていてくれて嬉しいです」
(そういえば,この子どこかで見たような……)
マイアと呼ばれた少女も気づいたのか,こちらをじっと見ている.
「どこかで会ったっけ?」
「二人は会ったことあるの?」
「空腹で行き倒れそうだったところを助けていただきました」
「ああ,あのときの」
やっと,前に王都に来たときに揚げパンをあげた少女だと分かった.
「その節はありがとうございました」
「イリスお姉さま,また魔法について教えて下さい」
「あなたの周りには宮廷魔術師がいるでしょう?」
「あの方達に教わるようなことは何もありません.お一人だけ有能な方がいましたが,ずいぶん前に辞めてしまわれました」
イリスもそうだけど,宮廷魔術師の扱いがひどい気がする.あまり優秀な人間がいないのだろうか.
部屋のドアが開けられ,男が入ってくる.後ろにはアノスがいる.
「待たせたな」
「お父様,例のお願いは聞いてもらえましたか?」
「ああ,マイア.それなんだが……あの通信機を作ったのはそなたらか?」
マイアにお父様と呼ばれた男が,こちらを見て言う.
「はい,そうですけど.あなたは誰なんでしょうか?」
男ではなく,疲れた顔をしたアノスが答える.
「……国王陛下だ」
まさかの王様だった.国王に向かって誰なんでしょう?なんて聞いてしまった.不敬罪で捕まったりしないよね?
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