第24話 ネットワーク
通信事業はイリスの父親のアノスに任せっきりだが運営は好調のようだ.それもあって,イリスとゾルデは注文された通信機の作成に追われている.組み立ては人を雇って作業してもらっているが,魔石と真空管だけは今のところはイリスとゾルデが必要だ.
二人は忙しそうだったが,俺はといえば,リサと一緒に隣町のフィノイに向かう馬車に揺られていた.
(のどかな風景だな……)
シュターツと王都の間の街道を往来する馬車が増えてきていると聞いていたが,道が混雑しているわけではなかった.街道沿いの畑で農作業をしているひとがまばらに見える.もとの世界の知識を使えば,農業も効率化できる気がするが,食料が不足しているわけでもなさそうだし放っておこう.この世界の農作物に詳しくないし,化学肥料の作り方を教えたら火薬の製造に使われて戦争が始まったりでもしたら目もあてられない.
リサはいつのまにか馬車に備え付けられた腰掛けの上で寝ていた.一応護衛のはずなんだが…….
フィノイの町に向かう発端の出来事を振り返る.
領主の遣いがやってきて俺とイリスは領主の屋敷に呼び出されたのは,今朝のことだ.
「通信事業は好調みたいですね」
「好調すぎる.王都に支店を出して数日だというのに,契約の作業が追いつかないほどだ.実際に通信機を渡せるまでとなると,数週間待ちになるだろう」
好評すぎるのも問題だ.聞いてはないが,きっと客とのトラブルも増えているだろう.
「問題はそれだけじゃない.王都の商人と貴族連中から通信機の製造方法を渡すよう,しつこく言われている」
「なにそれ.どうせ,わたし達が商売を独占しているのが気に入らないってことでしょ」
「もちろん,簡単に渡すつもりはないが,向こうに王都の有力貴族の後ろ盾があるせいで無下に断ることも出来ない」
「領主でも貴族の言いなりなんですか?」
「この街の領主はエレクトラだ.建前上は私が領主の命で事業を行っているわけだが,どうしても私は血筋の上で平民として見られる」
「もう一つ無視できない理由がある.通信設備はすでに国の重要拠点になりつつあると気付いている人間が,この街の警備を不安視している.こればかりは,一朝一夕には解決できない」
もうすでにこの町に不相応な警備体制になっているし,これ以上守りを強固にしようとすると,街自体を作り変えないといけない.考えなしに腕っぷしに自身がある傭兵を集めでもしたら,逆に治安が悪化してしまうだろう.
「そこで,やはり通信事業は王都で展開したほうが良いと考えている」
「もう支店があるけど,それじゃだめなの?」
「あれは,王都にある商会に所属している店舗を間借りしているだけだ.本格的に事業を行うなら,土地や建物も探さないといけない上,色々な根回しや手続きが必要で,王都で商売をするなら準備に何年もかかる可能性もある」
「何年も……そんなに待つわけにはいかないですね」
「エレクトラがそのために王都に出向いている.あまり頼りたくない伝手なのだが……」
「お母様って意外と顔が広いみたいだけど,有力貴族の知り合いが多いの?」
「今後を考えるとそれなりの広さの物件が必要なんだが,いまのところ,今の倉庫より狭い物件しか見つかってないのが一番の問題だ」
「一旦,狭い場所で初めてから,広い場所を探すのは無理なんですか?」
「今の調子だと,移転が済んだ頃にはすぐ建物に収まらなくなってしまう可能性がある」
「いくつかの街に拠点を分散させるのはどうでしょうか?」
「支店を出すということか?もちろん考えているが,結局は中継施設に必要な敷地と警備が一番問題のはずだ」
「中継施設自体を複数の場所に分散させるんです.たとえ王都でも防衛は絶対ではないでしょうし,分散させておけば万が一ひとつの拠点が使えなくなっても損害を抑えられると思います」
「そんなことが可能なのか?」
「できると思います.それに,それぞれの街に拠点があるほうが,通信できる範囲も広げられます」
王都に設備を移してしまうと,この街より北側では通信が届きにくくなる.今のところ利用者はいないが,地図上には町がいくつかあったはずだ.
「その方向で進めよう.ただ実際に可能かどうか確認はしておきたい」
王都に行く前に,フィノイの町に中継設備の一部を移転する実験をすることにした.そんなわけで,手が空いていた俺とリサが通信の中継機を運ぶことになった.
暗くなる前にフィノイの町に到着した.事前に連絡してあったので,町の入口の衛兵に話すと,すぐに数人の人がやってきた.手紙で連絡すると往復で2日かかったが,この町も通信機の圏内なので出発前に連絡してあった.
「この箱の中身は?」
「通信機のための機材です.この手紙に詳しく書いてあります」
事前連絡では荷物の受け渡しと保管場所の用意くらいしか伝わっていないので,アノスから預かってきた手紙を渡して,簡単に説明する.
その間に,いかにも力仕事担当という出で立ちの男たちが馬車から通信機と中継機が入った木箱を下ろして次々と建物に運んでいく.100個の通信機がつながった中継機をひとまとめに運ぶ必要があるのでそれなりの大きさだが,大人が二人くらいいれば運ぶことができた.
「運び終わりました」
「ありがとうございます」
「この箱,この後どうすれば良いんでしょう?」
「ひとまずは,このまま置いておいてもらえれば大丈夫です」
移動前に多めに魔力を込めたので,しばらく大丈夫だろう.ケーブルが伸びているわけでもなく,移動中も動作するので本当にただ運ぶだけだ.
リサがイリスとアノス宛に無事に運び終わったと報告のメッセージを送る.
「今日泊まる場所は私の家でいい?」
「それは助かるけど,いいのか?」
「晩御飯は期待して」
リサの家で出された夕食は,オーク鍋と,焼いたオークの肉だった.
「オーク肉を食べたこと無いって聞いたけど,口に合う?」
「ああ,なんだか懐かしい味だな」
というか,豚肉だった.豚汁と生姜焼きが恋しくなった.この世界にも味噌や醤油はあるんだろうか.
シュターツの街に戻って数日後.
俺とイリスとゾルデはアノスに呼び出されて,執務室に入ると,エレクトラがいつもの立ち位置で控えていた.王都から戻ってきたようだ.
「一部の商人から,王都より南の港町で通信できるようになったという報告と,自分の通信機だと使えないという苦情が来ている」
王都より南で通信できるようになったのは,中継機をフィノイに移動した通信機の持ち主だろう.
「使える人がいるのに,自分は使えなかったら苦情を言いたくなるのは分かるっす」
「使ってる人に通信機を使う場所を聞いておいたほうが良さそうですね.拠点を増やすときに,それを参考に移動しましょう」
通信できる範囲は,対になる魔石がどの拠点にあるかによって決まる.どこでも通信できると便利そうだが,そんなに広い範囲を頻繁に行き来する人は少数みたいだし,このままで良いだろう.
「本題なんだが,王都の拠点の都合がついた」
「お母様のおかげね」
「そうだ」
「ありがとうございます」
「いいのよ.イリスちゃんの頼みだし,それにあなたも私のことお義母さんって呼ぶときが来るかもしれないでしょ?」
「そんな時は来ないでしょう.だいたい俺は貴族でもなんでもないですし」
「あら.私がそんなこと気にする人間ならイリスは生まれてないわ」
エレクトラと目があったアノスが咳払いをして話を続ける.
「陛下に説明するついでに,拠点の下見に行く.王都まで同行してもらいたい.出発は数日後を予定している」
「自分はそのまま王都に戻るつもりっす.この街ではお世話になったっす」
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