第22話 フリップ・フロップ

(……やっぱり動かないな)


昨日作ったフリップ・フロップの魔法陣はやはり動かないが改めて見直しても間違いらしい間違いは見つからない.フリップ・フロップを構成する前の,個別の論理素子を表す魔法陣は正常に動くし,加算器のようなもっと複雑な回路も動くのも不思議だ.

これが動けばコンピュータのメモリーやレジスタを魔法で再現できそうなのに,もどかしい.


(魔法について何か根本的に誤解しているような気がするな)


いつものように,たまり場になっている通信の中継所の一室に入ってきた俺の格好を見た3人がそれぞれ違う反応をする.


「なんか普通の服着てるっすね」

「女の子とデートは楽しかった?」

「……デート?どういうこと?」


最初イリスは興味なさそうだったが,リサの言葉には反応する.


「わたしが見たわけじゃないけど,行きつけの店で働く知り合いから,浮気現場に居合わせたって聞いたのよ」

あのカフェの店員からリサに漏れたのか.

「デートじゃない.宿の娘さんに,ただ服を選んでもらっただけだ」



色々聞かれたが,気を取り直して例の魔法陣をイリスとゾルデに見せてみる.


「この魔方陣なんだけど,どこか間違ってる?」

「……うーん,魔法陣として間違ってるっすね」

「どう間違ってるか教えてくれると助かるんだけど」

「ごめん上手く説明できないっす」

「ところでこの魔方陣,いったいなんなの?」


「論理素子についてはこのまえ説明したけど,これは記憶素子だ」

イリスにフリップ・フロップ回路の説明をする.


「なるほど,この2箇所が,常にどちらか片方のみが働くようになってるんだ.それで外部から状態を切り替えるようとしたわけか」

「そうだ.2つの状態のどちらかで安定するから,1ビットの情報……つまり0か1かを記録できる」

「なるほどね……この相互依存してる部分の状態が一つに定まらないのが魔法陣として問題.魔法というのは同じ状況で発動すれば必ず同じ結果になるもの.逆に結果が一つに定まらないような魔法は基本的には発動しない」


「じゃあ,そもそも魔法の状態を途中で変えるのは無理なのか?この前説明してもらった魔方陣には似たような部分があったはずだけど」

「それは,ゾルデが詳しいはず」

「そういうことなら発動中の魔法そのものを入力として魔法を再帰的に発動すればいいっす」

「理屈の上ではできると思って考えてみたことはあったけど,まさか実際に完成されて使われているとは思わなかった.だから王都で見たときは驚いた」

「実は,あれは自分一人で作ったものじゃないっす.王城で働いていたときに,空き時間に魔法を教えていた……生徒のアイディアっす」


「王城……魔法を教えていた生徒……」

イリスは一度こちらを見て,ここには無い何かについて考えているようだ.


魔法の状態を変えられないなら,発動中の魔法そのものを前提として,目的の変更を加える魔法が発生するようにすれば良いという話らしい.


「魔法陣というのは電子回路というよりも数式に近いのか」

「たしかに,そういう見方もできるか.電気は物理法則に従って働くけど,魔法は定義に従って法則に作用するから,関係も逆ね」


「ここをこうして,ここを繋げば大丈夫っす」

「この記号はどういう意味なんだ?」

「それは,ここで囲んだ図形と対になっていて,その中身がここに展開される感じっす」

「それって,離れていても働くのか?」

「魔石と魔法陣の間をつないだりはできるけど,同じ魔法の中でだけ使えるっす」


便利そうな仕組みだ.というか,それを知っていれば計算機の魔法陣を作る時も,端から端まで線を伸ばしてスパゲッティみたいにしなくてよかったのか.


「動きを見たいから,状態が交互に反転するようにしたいんだけど」

「出力を反転して入力に繋いだらいいんじゃない?」

イリスが言うには,そこは単純に出力を入力に繋げばいいみたいだ.


「じゃあ,試してみるか」


ニキシー管の0と1の数字が重なって光っている.計算機を作ったときの魔法陣を流用したので,同時に2つの数字が光ることはない.重なって見えてるのは,0と1が素早く交互に光っている証拠だ.


フリップ・フロップ回路を魔法で再現できた.


「この魔方陣を沢山刻印した魔石作れるか?」

「問題なくできるっす」


個別のフリップフロップを並べただけでは使いにくいので,状態を読み書きする素子を選択する仕組みを追加して,入出力は一組にまとめるようにする.


これでメモリはどうにかなりそうだ.


「それにしても,この魔石で試したっすか?」

ゾルデが計算機に組み込まれている透明な魔石について訊ねてきた.

「そうだけど」

「暴走しなくてよかったっす」

「魔法が暴走するとどうなるんだ?」

「普通は魔法陣が燃えたりして終わりっす.ただ,この魔石に込められた魔力量だと,この建物くらい簡単に吹き飛ばせるっす」

「そんな危ないものだったのか……」


(……今後は実験するときはイリスに見てもらう)



「以前,王都で頼んだものってもう出来てたりする?」

「ああ,あれっすね.文字は表示できるようになったけど,まだ未完成っす.一応こっちに持ってきてはいるけどあまり進んでいないっす」

変な模様が浮き出る置物にメッセージを表示できるようにしてもらえないか頼んでおいたものだ.


「未完成でもいいから見せてくれるか?」

「これっす」


文字が表示されている.まだ難しい単語はわからないので,でたらめな文字列なのか,意味のある言葉なのか判別できない.


「これってどんな言葉でも表示できる?」

「それがまだ出来ないっす.ここで言葉を選べるようにしたいっすけど……」

裏側にボタンのようなものが何列も並んでいた.一列目のボタンで一文字目を選択,二列目で二文字目を選択……という仕組みのようだ.


「それは一文字ずつ順番に入力するのが良さそうだけど……通信機を切り替えたときの仕組みは使えない?」

「文字の組み合わせは膨大になるから難しいっす」

確か,通信機のときも100個くらいの中から選択するのが限界と言っていた.文字の場合だと2文字の組み合わせでも数百パタターンある.

「それなら,さっきの魔法陣で入力した文字を文字ごとに記憶できないか?」

「なるほど.確かに使えそうっすね……やってみるっす」

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