第21話 服を買おう
(なんとなく状態機械っぽいし,アナログな作用を論理回路で描き直すことができれば,コンピューターのCPUが作れそうなんだけど……)
朝から宿の部屋に魔法陣を広げて眺めていた.
通信機の切り替えに使った魔法陣と魔石に転移魔法を刻印をするための魔法陣だ.仕組みをイリスとゾルデに一通り説明してもらったが,まだ細部は理解できていない.かろうじ理解できたのは,1つの魔石にたくさんの魔法陣を刻印するために,連続で魔法が発動することだ.ただアナログかつ絶妙な魔力の相互作用が多くて,実際に魔法を行使しながらでないと詳しい動作は分からなかった.
あれこれ考えていると部屋のドアがノックされた.
「食器を下げてもいいですか?」
「ごめん.考え事をしてて忘れてた」
部屋の外の通路にいるリッカに食器を渡す.
「あ,そうだ.いま少しだけ大丈夫?」
「はい.大丈夫ですよ」
知りたいことがあったのを思い出したので,リッカに相談してみることにした.
「服を買いたいんだけど,どこかおすすめのお店ないかな?」
「予算はどれくらいなんですか?」
「そうだな,金貨1枚くらいに収まるとうれしい」
「服を買うのに金貨?……お兄さん,実はお金持ちですか!?なんでうちなんかに泊まってるんですか?」
「そういうわけじゃないけど,服の相場もわからなくて……」
最初はイリスに聞いてみたのだが,イリスは自分で服を買ったことがなく,母のエレクトラに相談してみると返ってきた.領主様をそんなことに使うわけにはいかないので,もちろん丁重に断った.リサは,服を防具の一種としか思っていないようなので,防具の組み合わせの話から始まった.ただ服屋を知りたいだけだったので,面倒になって途中で聞くのをやめてしまった.
結果として,リッカに相談してみることにした.
「男性の服も売っているおすすめの店はありますけど」
「店の場所を聞いてもいい?」
「うーん,心配なので私が見立てます」
「いや,忙しいだろうし店の場所だけ教えてくれれば……」
「一緒に行きましょう.お兄さんの格好,前からひどいと思ってたんです」
なぜかやる気を出してしまったリッカと出かけることになった.
「店,閉めちゃって良いのか?」
「宿に人が来るのはもう少し遅い時間ですし,ここでお昼ごはんを食べようなんて人は絶対にいませんから」
一人で店番をしていたリッカが出かけるなら宿屋は締めることになる.自信満々に客は来ないと言い切るのはどうかと思うが,実際そうなのだろう.
リッカに案内され,町の広場に面した服屋に入る.並べられていた服を数着確認したが,どれも縫製もしっかりしていて悪くない.
何着かのサイズと色を見較べて,良さそうな服を一着見繕う.値段も手頃だし,見た目も悪くない.
「よし,これでいいな」
「だめです.……やっぱり,ついてきて正解でした」
「真面目に選んでください」と言われたので,改めて他の服も見てみる.いつも宿の給仕服のリッカだが,服装にはこだわりがあるようだ.俺はといえば,どの服を買っても今の服より良さそうだし,どれも悪くない気がしてくる.
それから2時間ほどかけて俺の服を選んだ.自分で選ぶのに疲れたので,途中から別のことを考えていた.リッカに言われるまま試着して,言われるまま2着を選んだ.合計で銀貨10枚.片方をそのまま着て店を出た.
(疲れた……)
「お兄さん,素材は悪くないんだから,それなりの格好をしてればモテますよ」
とはいえ,興味が無いことには,なかなか手が回らない.この世界に来る前から,服装について考えるのは後回しにしてしまいがちだった.
「お腹減ったし何か食べていこうか」
「そうですね.外食なんて久しぶりです」
もうお昼過ぎなので昼食にする.一人なら帰りながら適当に立ち食いで済ませてもよかったが,リッカが一緒なので落ち着いて食べられる場所にしたかったので,いつものカフェまで来た
「ここ高そうですけど」
「大丈夫.今日はお礼に奢るよ」
店に入って席に着こうとすると,店の人が小声で耳打ちしてくる.
「今日はいつもと違う子を連れてますね.その子が本命なんですか?」
「そんな関係じゃありません,宿泊している宿の子ですよ」
「なんと.宿の娘にまで手を出してるんですか」
リッカに聞こえないように小声で話したが,リッカは不思議そうに首をかしげている.
「どうしたんですか?」
「……ちょっと世間話を」
「店員さんと知り合いなんですか?」
俺は注文するものを決めたが,リッカはまだメニューを睨んでいる.
「どうしたんだ?」
「……料理一皿が,うちで一泊するより高いです」
「今日は俺の奢りだから気にしなくて大丈夫」
注文を済ませて,少し待つと料理が運ばれてくる.
「じゃあ食べようか……いただきます」
「この料理おいしいですね.こんなごちそう久しぶりです」
「大げさだな.リッカの料理も十分美味しいと思うよ」
「でも,やっぱり本職の料理人が作ると違います.……この味付けは参考になるかも.うーん,何の香草使ってるんだろう」
リッカは自分の料理に活かそうと分析しているようだ.
「今日はありがとう.助かったよ」
「わたしのほうこそ,ご馳走になってしまって.また何か相談があったら何でも言ってくださいね」
二階に上がって部屋に戻ると,出かける前の続きに取り掛かる.
仕組みはまだわからないが,一つの魔法陣で連続して複数回魔法を発動することができるのは確かだ.だとしたら状態をデジタルな値として記憶できれば,コンピュータのCPUに一歩近づく.
計算機の魔法陣を作ったときのメモから,目的のパーツを探してきて羊皮紙に描く.羊皮紙もインクも特別なものでは無いのに,ただの図形で魔法を発動できるのは不思議だ.
論理積と否定の図形を繋いだもの,いわゆるNAND素子を2つ並べ,それぞれの出力をもう一方の素子の入力の一つにつなぐ.
フリップ・フロップ回路だ.この回路は,2つの状態を切り替えられる.つまり,0か1かを記憶できるメモリとして使える.
それを,手元にあった足し算と引き算ができる計算機の魔法陣と入れ替えて,魔石から魔力を流してみる.
(……動かない.なんでだろう?)
本来であればニキシー管の0か1かが光るはずなのだけど,何も起きない.魔法陣を見直してみるが,特におかしな部分はない.試しにNAND素子の図形を単体にしてみると,予想通りの動きをする.
前に作った加算回路のほうがよっぽど複雑なのに,これは動かないのか…….
(イリスに聞いてみた方が解決が早そうだな)
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