通信網を整備しよう

第16話 通信機を売る相談

このあたりから第二章になる予定です……おそらく。

章立てや話の区切りは後で整理します。


――――


王都から戻ってきた翌朝.ドアがノックされる音で目が覚めた.


ドアを開けると,リッカがいた.

プレゼントした髪留めを使ってくれているようだ.


ただ,朝食を運んできたわけではなさそうだ.

後ろを気にしているようなので,ドアから部屋の外を見ると後ろに帯剣した衛兵が控えていた.


「ご同行願おう」


衛兵の男に言われるまま宿から出て,待機していた馬車に乗せられる.

リッカは不安そうにこちらの様子を見ている.


「領主様の屋敷に連行しろ」



連れてこられたのは領主の屋敷……何度か訪れたイリスの家だ.

はじめて正面の入り口から屋敷に入る.


執務室のような部屋に通されると,高級そうな机の席についた男と,後ろに一人の女性が控えていた.


「娘を連れ回している不審な男がいると聞いたが,そなたのことか?」


目の前の男が,こちらを睨みつけながらそう訪ねてきた.そりゃ,貴族の家の一人娘が見知らぬ平民の男に連れ回されていたら,そういう対応をしますよね…….


「たぶん私です」


「ほう,潔く認めるか.尋問の手間が省けて助かる」


実際のところは,俺がイリスに付いていっているだけなのだが,納得してはもらえないだろう.


……後ろの女性がこちらをみて微笑んでいるのが気になる.改めて見れば,イリスと同じ銀髪で顔立ちも似ている.このひとが母親のエレクトラなのかもしれない.


「一応,説明させて欲しいのですが,俺は別にやましいことは……」


「弁解を聞く気はない!」


「お待ちなさないな.アノスも,最近イリスが生き生きとなにかに熱中しているのは気付いているでしょう?そしておそらく,こちらの方が関係していることも」


「まあ,たしかにそうだが……」


後ろに控えていた女性が助け舟を出してくれた.

そういえば,名乗ってもらっていなかったが,アノスというのがこの男の名前なのか.



ドアが勢いよく開かれたのは,その時だった.


「お父様!」


部屋に入ってきたのはイリスだ.


「私はこの男と話がある.イリスは下がっていなさい」


「そんなことより,これを見てほしいの」


ここに俺がいることに意外そうな顔をしていたが,そんなことという言葉で片付ける程度のことらしかった.


俺たちの様子を無視して,抱えていた2つの木箱を見せる.

直方体の木箱の上面手前側に魔石のようなものが埋め込まれ,奥側にのぞき窓が切り抜かれている.同じものが2つ.


王都で作った通信機と同じもののようだが,少しだけ小型化したようだ.

イリスが実演しながら動作を説明する.


片方の箱に埋め込まれた魔石に触れると,もう片方の箱ののぞき窓の中に光が灯る.

それだけだ.


「ほう」


イリスの父親が興味を持ったのか一方の箱を手に取り,何度か魔石に触れる.


「なるほど.これはどれくらい距離を隔てて動作するんだ?」


「隣町くらいは確実に.少し改良すれば王都あたりまでは届くはず」


「なんと王都までとは.……遅延はあるのか?」


「原理上は距離に関係なく一瞬で伝わるはず」


「これを,どうするつもりだ?」


「これを広めたいと考えている.代わりに売ってくれる商人がいないか商業ギルドで相談してみるつもりだけど」


イリスの父親は,額に手を当て黙り込んでいる.

通信機を広めたいというのは,昨日俺と話したからだろう.


「商業ギルドに行くのは待て.商業ギルドは信用しているが,おそらく手に余るだろう.この件は私に預からせてくれ」


「お父様が?」


「これを使うと,距離を隔てて一瞬で,しかも他者に気づかれることなく情報を伝達できてしまう.いままでも緊急時には事前に取り決めた光魔法を空に上げて救援を呼ぶのに使っていたが,頻繁には使えないし機密性の高いやりとりにも向いていなかった.それが秘密裏にいつでも情報を送れるとなると,一歩間違えるだけで戦争が起きかねない.間諜の手段としても,戦場でも使い勝手が良すぎる」


俺たちはこれを普及させたいと思っているが,戦争という言葉で気が重くなる.イリスの父親の心配はもっともだ.


「じゃあ,これを売るのはだめ?」


「よほど信頼のおける人間でない限り,売ることも知られることも避けないといかんな」


イリスも強引に話を進めるのが得策ではないと理解したはずで,押し黙ってしまう.



「提案があるのですが,通信機の片方だけを売るのはどうでしょう?」


「片方だけだと?それだと購入しても使えないではないか」


「いえ,少なくとも売った人間……この場合は我々との間では使えます」


「なるほど,領主との連絡のみに限った用途とするのは可能か.しかし,すべての領主が信頼できるわけではないぞ.かといって特定の街の領主にだけ渡すようなことをすれば軋轢を生む」



「……わかった」先程から何か考えていたイリスが口を開く.

「本当にわたし達だけと通信できればいいんだ.間にわたし達が信頼する人間が入って伝えたい相手に内容を中継すればいい.あと,身元を確認してから2つの通信機をつなげば片方の通信機しか持っていない人同士が直接やりとりができる.そういうことでしょ?」


「さすがイリス」


「なるほど,それなら悪用は難しくなるな.……1つ購入すれば誰とでも連絡が取れるのも大きな売りになりそうだ.それに購入時だけでなく利用料を徴収することもできそうだな.何しろ我々が間に入らないとただの箱なのだから」


「お父様,代金は毎月集めて一定回数分の利用料はその代金に含むけど,超えた場合は翌月の支払いに上乗せするのもいいんじゃない?」


「そうだな.直接やりとりを許すなら利用時間も代金に反映したほうが良いだろう.特定の相手だけに限って使うなら割り引くというのも良さそうだ」


親子で携帯電話の料金プランみたいな話を始めてしまった.



「これの存在を知っているのは?」


「いまのところ,ここにいる3人と,たぶん王都の細工師も知ってる」


「王都か……どちらにしろ,陛下に直接伝えないとまずいかもしれんな」


「それまで待ってたほうがいい?」


「いや,すぐに進めて良い.エレクトラ,資金と人員の手配を頼んだ.人選や経費はイリスと相談して決めてくれ.私は王都に向かう準備をする」


「「わかったわ」」


イリスとエレクトラが同時に答える.



とりあえず,俺がここに連れてこられた理由は有耶無耶になったようで良かった.


「少し待たせてしまうが,おまえの処遇は,王都から帰ってから決めさせてもらう」


良くなかった.

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