第15話 秘密の共有
王都に来た目的を達成した俺とイリスはシュターツへ帰る.
乗合馬車に揺られ,何事もなく移動二日目の野営地に到着する.
「やっぱり距離にも制約があるか」
イリスが持つ小箱のようなものに取り付けられた魔石の光が点滅している.
同じ箱が細工師の店にもあり,一定周期で信号を送るようにしておいたのだ.
しばらく見ていると,たまに点滅の間隔が不安定になる.
「転移座標の精度に限界があるみたい.少し改良が必要かも」
王都からここまで100km以上は離れている.初期の通信機としては十分すぎる.
夕食の時間になったので二人分の食事を受け取り戻ってくると,イリスは読書中だった.
王都で購入したらしき本のページを,器用に光魔法で照らしながら読んでいる.
温められた夕食のスープをイリスに渡す.
俺も隣に座り,黙って食事をとる.
夕食を食べ終わったイリスは,暗くなった空を眺めていた.
「空に何か見えるのか?」
「日本がある星も,この空のどこかにあるの?」
さりげなくイリスの口から出た質問にドキリとする.
「俺がこの世界の出身じゃないって気づいてたのか?」
「最初からおかしいのは気付いてた.決定的だったのは,あなたが持っていた本の中に世界地図があったこと.そして,私が住むこの国がある大陸自体が無なかった.他の星に探査機を飛ばすような文明が,自分の住む星にある大陸を見逃すなんてありえないでしょ?」
(……隠していたわけじゃないけど,さすがに気づくか)
「念のため,王都で過去に国交があった国の記録を調べたけど,日本という国も,日本と同じ地図に載っていた地名も,何も見つからなかった」
いくら調べても日本とこの国の国交の痕跡は無いだろう.
イリスは再び星空を眺めている.
「私ね,この世界はもう見捨てられているんだと思ってた」
「見捨てられるって誰に?」
「大昔に,高度な文明があったという話はしたでしょ?なんで今はないんだと思う?」
「戦争とか天変地異で滅んだとか」
「もちろんその可能性もあるけどそんな痕跡は無いし,滅んだんじゃなくてどこか遠くに去ったんだと思う.そのとき,どうしても生まれた土地から離れたくないという人もいたはずでしょう?」
それは理解できる.都会の方が便利だとは分かってはいても,住み慣れた土地から離れない人は一定数いる.それはべつに悪いことではなく,個人の優先順位の問題だ.
「そして,最後までこの星に残ったのが私達のご先祖様.なんで昔の人がこの世界を去ったのかはわからないけど,私が知る限りこの文明は徐々に衰退しているし,魔力も少しづつ失われてきている」
「魔力が失われると何かまずいのか?」
「このままだと,徐々に農作物も育たなくなって大きな飢饉が起きるようになる.人口が減ればいずれ文明を維持できなくなって,おそらくこの世界は滅亡する」
植物が育つのにも魔力が必要だというのを初めて知った.
「いますぐ滅びるってわけじゃないんだろ?」
「あと数百年か,もしかしたら数千年は大丈夫かもしれない.この国も,できるかぎり魔法に依存しなくても生活に困らないようにしているけど,人間だけでなくこの世界全体が魔力に依存してしまっていることは変えられないの」
もしかすると,魔石や魔道具が生活に活用されていないのは,意図的なことなのかもしれない.
「あなたのことも教えて.ここで何をしようとしているの?」
「インターネットが欲しい.説明すると長くなるがいいか?」
「寝るまで時間はある」
「もう気付いているだろうけど,俺が住んでいたのはこの世界よりずっと便利なものに溢れた場所だった.家にいながら世界中の誰とでも会話ができたし,欲しい物も注文すれば届いた.ほとんど家から出ずに生活することもできた」
「もちろん,多くの人は自分の部屋に引きこもったりしていなかったけど,少なくとも俺は部屋からほとんど出ないような生活をしていたんだ.それを支えていたのがインターネットという通信インフラだった」
「それを作ろうとしてるのね?」
「ああ.でも,さっきの話だと,魔法は使わない方がいいのか?」
「使うべきだと思う.他の方法で何百年もかけて作る余裕があるなら別だけど」
「でも,魔力は少なくなってるんだろ?」
「魔力を多少節約したとしても問題を先送りにするだけ.もちろん,先延ばしも無意味ではないけど,いつか根本的な解決が必要になる.そして,その時までに解決の手段を見つけていなければ世界は滅ぶ」
「何があれば滅ばずに済むんだ?」
「わからない.けど今のままでは無理なのは分かりきっている.だから,節約することだけを考えて衰退するのは愚かな選択.将来の滅びに直面した人は,知っていながら問題を先送りにしてきた人をきっと恨むでしょう?そのとき自分が生きていないから良いという無責任なことは考えたくない」
「いままでずっと私は未来に希望を探していた.そんなとき,あなたの世界の知識に出会ってこれしかないと感じた.人間は空を飛べるし,他の星にだって行くことができるんだって分かった」
地球に住む人間もまだ他の星に簡単に行けるわけではないし,そこで生活なんてまだできないけど,いずれ可能になるだろう.
イリスが考えていることは,遠い将来,資源が枯渇して人類が滅ぶ可能性があるときにどうすべきかという話だ.
資源を温存すれば良いという単純な話ではなく,いつか来るかもしれない滅亡の危機に対して,その時代の人間に希望を残そうとしている.
対して俺がインターネットがほしいと思っているのは単なる個人的な欲求だ.
素直にイリスはすごいと思ったが,俺にはその考え方は真似できそうにない.
イリスが眠そうにしているので,そろそろ寝ることにした.
「帰りたいと思ってないの?」
「未練が無いわけじゃないけど,どっちでも良いな.基本的に自分の部屋の中が俺にとっての世界だったし.こっちの世界で知り合った人とも別れたくはないし」
翌朝,往路と同じように俺の毛布の中に潜り込んで寝ているイリスを起こす.
「朝だぞ」
「おとうしゃま……そのほんはぜんぶわたしのです……」
寝ぼけている.やはり無防備すぎな気はするが,信頼されているのだと思えば少し嬉しく思う.
シュターツの街が見えてきた.
そんなに長い間滞在しているわけではないけど,帰ってきたという感じがする.
「そういえば,この街には貴族街って無いんだな」
「そもそも,貴族の屋敷がうちしかないしね」
この街唯一の貴族の屋敷に住んでいるのがイリス?
「あれ,言わなかったっけ?このまちの領主の娘だよわたし」
「イリスの父親って商人だって言っていなかったか?」
「領主をやっているのは,お父様ではなくて,エレクトラお母様.言ってなかった?」
初耳だ.
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