第14話 王都観光

イリスは王都で調べたいことがあるといって,朝から出かけていった.

貴族街にも入るかもしれないという理由で俺は別行動だ.



宿で留守番をしていても暇なので,王都を散策してみることにした.


王都で売られているものは,シュターツとそう変わらない.

シュターツより海が近いためか海産物の種類は少し多かった.

ただ,ここでも魔法を使っていそうなものは街中の店では売られていないようだ.


昨日肉の串焼きを買った店の前を通ると,人だかりができていた.

中心にいるのは長いスカートのドレスを着た女の子.

背格好がよく似ていたので,一瞬イリスかと思ったが別人だった.

困った顔をした店の人が何か言っているが,険悪な感じはなかったのでそのまま通り過ぎる.



まだ今日は何も食べていないので食事ができそうな店を探す.


手頃な価格で,パスタを出している店を見つけた.

前払いで銀貨3枚を渡す.シュターツの宿なら一泊して食事も付いてくる値段だ.


少し待つと料理の皿が運ばれてきた.


(いただきます)


魚介がたくさん入ったペスカトーレのようなパスタはとても美味しそうだ.

一口食べて……慌てて水を飲む.


(……辛い)


赤いのはトマトソースではなく,唐辛子のような激辛のソースだった.

美味しいことは美味しいのだが,とにかく辛い.


どうにか完食して店を出たが,まだ口がヒリヒリしている.

何か甘いものでも食べようと思って,屋台で砂糖をまぶした揚げパンのようなものを買った.



近くの木陰に座って揚げパンを食べようとすると視線を感じた.


……見られている.


先程見かけた女の子がこちらをじっと見ている.

イリスもそうだが,この国は小さな女の子が一人出歩けるほど治安が良いのだろうか.

まぁ,イリスの場合,実際の年齢は見た目よりもっと上なのだけど.


女の子の目線の先は揚げパンのようだ.

さっきも串焼きを買おうとしていたみたいだし,お腹が減っているのだろうか.


2つある揚げパンのうち片方を差し出すと,女の子の目がそれを追う.


「これ,よかったら食べるか?」


「よろしいんですの?」


「2つ買ったけど多いと思ってたんだ.それより,さっき串焼きの店で何してたんだ?」


「見てたんですか……はずかしいです」

お小遣いで串焼きを買おうとしたが,店主が売ってくれなかったという.


「あ,揚げパンの代金です.たぶんこれで足りると思うのですが……」


そう言って女の子が取り出したのは金色に光る硬貨だった

たぶん,この揚げパンを100個くらい買えるだろう.

さすがに小金貨を受け取るわけには行かない.


「そんなに高いものじゃないから,代金はいらないよ」


俺がシュターツから来たという話をする.


「では,シュターツからいらしたんですね.シュターツが良い街になっているみたいで良かったです」


「シュターツに行ったことが?」


「行ったことはありませんが,親戚がシュターツに住んでいるのでたまに名前を耳にしていました」


「冷めちゃうし,ひとまず食べようか」


手に持った揚げパンを気にしながら話しているのに気付いたので会話を中断する.


「あまくて,おいしいです」


揚げパンはドーナツのような味だった.

俺はすぐ食べ終わってしまったので,隣で小さな口で小動物のように食べる女の子をしばし眺める.


「ひどいんですのよ.わたくしに食べさせるようなものは置いてないと言って追い返されました.……でも,あなたみたいな方がいるならこの国もまだ捨てたものじゃありませんね」


話を聞く限り,お金持ちのお嬢様に出すような上品な料理ではないと店の人は言ったのだと思えた.



「王都でなにかお困りのことはありますか?」


「魔石や魔道具って王都でも売ってないのか?」


「魔石は基本的に冒険者ギルドと契約した貴族や王族が全て買い取っていますから,あまり出回らないです.大きめの商会に頼むか,貴族や冒険者から直接買い取るしかないと思います」

どの入手方法もそれなりのコネが必要そうだ.


「基本的に高価なものですし,あと,平民の方は魔力が少なく魔法を使えない方が多いのと,逆に大きすぎる力を持ってしまっても危険なので」

魔法自体,一般人には縁がないものとして扱われているようだ.


「この御礼は必ずしますね.わたくしの名前はマイアと言います」



宿に戻る.

イリスはまだ戻っていないようだ.


ほどなくして宿に来客.

俺に来客と聞いて訝しんでみたが,昨日会った細工師だった.


「店の工房が占拠されたっす.どうにかしてほしいっす」


事情がよくわからないが,来てほしいということなので細工師の店に向かう.

なんでこの宿が分かったのか訪ねたら,イリスに聞いたらしい.


店まで行くと,奥の工房にイリスが見えた.


「人様の店で何やってるんだ?」


「そんなことより,これを見て!」


よく目を凝らすと,差し出された二組の魔石の上に黒い点が浮いている.

直径1mmにも満たない黒い点だが,転移ゲートのようだ.


「転移魔法?別の魔石を手に入れたのか?」


「違う.ここで作った」


転移魔石の片方は宿の俺の部屋に置いてあるはずだ.

なら別の転移魔法の魔石を手に入れたのかと思ったのだが,イリスから信じられない答えが返ってきた.


「作ったって,転移魔法を再現したのか?」


「ちょっと待った.あんたら何者っすか?王宮の魔道士ではなさそうだし」

イリスはこの工房の主を完全に無視していた.


「規模はすごく小さいけど,本質的には同じ.ずっと転移魔法は空間魔法の一種だと思っていたけど,確率操作の魔法なのは意外だった」


「もっと大きな入り口は開けないのか?」


「大きな入り口を開こうとすると不安定になってすぐ閉じてしまう.もとの魔法陣には安定させるための仕組みや安全装置が組み込まれていたけど,そこは複雑でまだ再現できない」

そのかわり,規模が小さいので魔力量も少なくて済むとのこと.


「それとこれ」


イリスは例の転移ゲートを使った真空管を取り出す.

電子を通過させるためには点のように小さなゲートで十分だった.


「この転移魔法の魔石,たくさん作ることはできる?」


「ええ,もちろん」


これで,この国に通信インフラを整備する目処がたった.


最悪の場合,真空管を使った無線機を普及させることを考えていたが,魔法を活用するほうが良さそうだ.

魔法は電気の上位互換に思える.

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