第13話 魔方陣とリソグラフィ

王都の宿で目を覚ますと,隣の部屋にいたはずのイリスが俺のベッドに潜り込んで寝ていた.

朝になって俺を起こしに来て,つい寝てしまったらしい.


(ドアの鍵は寝る前に閉めたはずなんだけどな……)


というか,小学生みたいな見た目のイリスだが,実際には俺と同じくらいの年齢なのだ.

さすがに異性のベッドに潜り込むのには抵抗を覚えてほしい.



宿を出て,問題の置物を売っている店を探すために商業ギルドへ向かうことにした.


朝食は道沿いの屋台で買ったものを歩きながら食べて済ませる.


適当な肉の串焼きを買って食べる.肉の種類は豊富だったがオークなど魔物の肉はなかった.

フィノイの町に行ったときは普通に売られていた覚えがあるが,王都ではあまり食べないようだ.


この世界の料理は基本的に美味しい.

最初にシュターツの宿の料理を食べたときは,自炊のために料理を練習しようかと思っていたが杞憂に終わった.



商業ギルドで聞くと目的の細工師の店はすぐ見つかった.

よくわからない商品を出している店として有名らしい.


教えてもらった店は,広い通りからは離れた少し寂れた場所にあった.


俺たちの他に客はいない.

店主は十代の若者のようだ.


「これをあなたが作ったって聞いたけど本当なの?」


イリスが例の謎の置物を見せながら,単刀直入に聞く.


「そうっす.でも,この店で直接買ったのでなければ返品は受け付けないっすよ」


なんか既視感のあるやりとりだ.


「この変な模様ってどういう仕組みで浮き出るの?」


「たくさんの光魔法で模様を出しているだけっす.あと,変な模様じゃないっす」

イリスと同様,俺もそれを変な模様だと思っていた.


「この魔石の魔法陣,手で描いたものじゃなさそうだけど.おそらく何らかの魔法を使って生成してるんでしょ」


「いやーよく気づいたっすね.転写魔法で魔石に書き込んだっす」


転写魔法は本を複写するのに使うとイリスに聞いていた.魔法陣の複写もできるものなのか.


「転写魔法で魔石を加工?……ああ,だから無属性の魔石なのか」


「あー同業者っすか.ちょっと待つっす」


イリスに無属性の魔石について聞くと,無色透明で文字通り属性のない魔力を貯めるだけの魔石だと説明してくれた.

他の魔石に比べて粗悪品として扱われるため比較的安く流通しているらしい.

また,通常の魔石を魔法で加工しようとしても魔石自体の属性が魔法に干渉してしまうが,無属性の場合はそういったことがない.

そういえば,イリスが魔力をストックするために使っているのも見たことがある.


細工師は店の奥から羊皮紙の束を持ってくる.


「これが魔石を加工するための魔法陣っす」


羊皮紙に書かれた魔法陣を,別の魔法陣をつかって魔石に転写するらしい.

ICチップのシリコンを加工する工程とよく似ている.

半導体の場合はガラス製のフォトマスクに描かれたパターンを光でシリコン上に転写することで,手作業では作れない微小な素子を作っている.


「魔力を流すと複数回魔法が発動するようになってるのか.でも同じ魔法を発動しても意味が……」


「それは,ここに満ちている魔力量が毎回増えていくから,ここの角度が少し変わるっす」


「なるほど,それで毎回違う場所に少しだけ違う魔法陣が投影されるわけか.ああ,魔力が一定まで貯まるとこっちが起動して溜まった魔力が消費されるのか.うまくできてる」


「そうでしょ,そうでしょ.自慢の作品っす」


説明を信じるならこの魔方陣はある種の状態機械になっていて,魔力を注ぎ続けることで状態が遷移するようだ.


半導体が固定されたフォトマスクから転写されるのに対して,この魔石は動的に魔法陣を生成しているようだ.

そこだけ見れば,地球上の半導体製造プロセスの先を行っている.



「これ,古代魔法の魔法陣によく似ているけど,古代魔法を見る機会あったの?」


「昔,王宮で魔道士見習いをやっていてそのときに見たっす.ただ魔力があまりなくて魔道士になるのは諦めたっす」


「それは正解ね.王宮の魔道士がやってることより,こっちの方が価値がある.このガラクタも見る人が見れば凄さがわかる」


「褒められたと思ったけど,微妙にひどいっす」


「この魔方陣は門外不出だったりする?」


「いや,最初はこれを王宮の魔道士に売ろうとしたけど見向きもされなかったから,キレイな模様がでる置物を作ることにしたっす」


「この置物,売れたの?」


「片手では数えられないくらい売れたっす」


両手では数えられるのかと突っ込みたい.



光魔法を無数に並べたということは,基本的に好きなものを表示できるように思える.

例えば,ディスプレイが作れそうだ.


「これ,変な模様じゃなくて,文字でメッセージを表示することもできる?」


「うーん,文字ごとに魔法陣を並べてそれを切り替えるようにすれば...かなり複雑になりそうだけどできそうっす.それよりも変な模様じゃないっす」



店を出ようとすると,イリスが店の隅におかれた機械を勝手に触ろうとしていた.


「これは?」

「拡大鏡を改造したものっす.細かい作業をするときにつかうやつ.売り物じゃないっす」


顕微鏡に見えたそれは.予想通りのものだった.高価らしい.



宿に戻る.


昨日は別々の部屋をとったが,イリスが不便だと言うので同じ部屋にした.

もちろんベッドは2つある部屋にしてもらった.


イリスは戻るなりタブレットPCの画面を見ながらメモ帳に何かを書いていた.

こういうとき,話しかけても邪魔だと言われるのがオチなので,そっとしておく.

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