第12話 王都に行こう
朝食のパンは,硬ささえ克服できれば意外と味は悪くなく,癖になってきたかもしれない.
ナイフでスライスすればだいぶ食べやすくなる.
スープも毎日同じような見た目だが,香草や調味料で変化がつけられていた.
思ったより簡単に真空管が作れることが分かった.
やはりイリスの魔法によっていろいろな作業を短時間で済ませられるのが大きい.
理屈の上では,真空管だけでコンピューターが作れるはずだが,数万本の真空管を使えば巨大になるし,信頼性も気になる.
そして最大の問題として,残念ながら俺はコンピューターを上手く設計できるような知識も頭脳も持ち合わせていない.
そもそも,実現したいのは計算機ではなくネット環境のある生活だ.
毎日壊れた真空管を探して交換するような生活は御免こうむりたい.
この真空管でコンピュータを作る以外にも,通信のための電波を発生させたり,受信した信号を増幅するのにも使えそうだ.
(通信といえば,転移魔法が自由に使えると手っ取り早いんだけどな)
部屋にある無線機もどきに目を向ける.
動作確認のための片方を宿の部屋まで持ってきたのだ.
(これが大量にあれば,通信インフラを一気に整えることができるのにな)
そう考えていると,無線機もどきにに取り付けられた魔石が明るく点滅する.
意味は『例のカフェに来い』だな.
ちなみに,モールス信号とかではないし,決めた合図はこの一つだけだ.
宿を出て,カフェに向かう途中で広場に寄る.
以前と同じ露店が出ていた.
そしてあの謎の置物もまだ売れ残っている.前に見たときと比べてだいぶ値引きされていた.
俺は万華鏡と花火を混ぜたような変な模様が浮きでるそれを購入した.
他に同じようなものが無いか聞いてみると,王都の細工師が作ったものなので,ここでは手に入らないと言われた.
広場を離れようとすると,別の露店にリッカがいた.
リッカの視線の先を見ると,地面に敷かれた敷物の上にアクセサリのようなものが並べられている.
以前塩を分けてくれたことと,料理のお礼として髪留めを買う.
「ありがとうございます!大切にします」
何度もお礼を言うリッカと別れて,広場を後にする.
カフェに着くと,イリスが膨れていた.
「おそい.すごく待った」
「これを買ってて遅くなったんだよ.イリスにプレゼントだ」
テーブルの上に先程買った謎の置物を出す.
「誤魔化されないんだから……なにこれ?」
「これって魔石なのか?」
埋め込まれた透明な宝石のようなもの.
中を覗き込むと幾何学的な模様が見える.これが転移魔法の魔石に似ていると思ったのだ.
「無属性の魔石……この魔方陣は古代魔法?」
イリスが試しに魔石に魔力を流し込むと,模様が動いた.
……動いただけだ.
「とくに危険はないみたい」
(危ないものだったらどうするつもりんだったんだろう?)
「どこで手に入れたの?」
「広場の露店にあった」
「露店で?」
「王都で作られたものらしい.普通に売っているような感じだったな」
「王都に行く」
翌日王都に行くことになった.
思い立ったら即行動するのがイリスの方針のようだ.
王都までは馬車で3日かかる.
乗合馬車で向かう.
一日目は開けた場所で野営.明日は小さな町に寄ると言っていた.
イリスは行ったことがあるようだが,王都は好きではないらしい.
魔法を教えるように言われて王都まで行ったら,王宮の魔道士との間で色々あったと言う.
「魔法を知りたいと言っていたのに,結局の所,強力な魔法や珍しい魔法の魔法陣が欲しいだけだった」
「どう違うんだ」
「誰も魔法そのものには興味がなかった.国中から魔法陣を集めてコレクションを自慢しあっているだけの連中」
「それだと新しい魔法を作れないんじゃないのか?」
「新しい魔法を作ろうと考える魔道士はとても少ない.むしろほとんどの場合,歴史のある魔法の方が好まれてる」
「実際古い魔法の方が高度な魔法が多いし,魔法自体は徐々に衰退していってる」
はじめての野営.
馬車の護衛がついているし,食事も振る舞われた.
今は,焚き火を囲んで数人が酒を飲んでいる.
イリスは少し離れた場所でタブレットPCで読書中だった.
読んでいるのは,この世界の本だった.
いつのまにカメラ機能の存在に気づいたのか,自分の本のページを撮影して保存していたようだ.
隣に腰をおろして,星空を眺める.
この世界で星空をちゃんとみるのは初めてかもしれない.
光害も大気汚染も無いこの世界では,街から離れると驚くほどきれいな星空が見える.
見慣れた星座は一つも見つからない.
同じ宇宙だとしても太陽系からはとても遠くはなれた場所のようだ.
淡い光の帯が見えるが,あれは天の川なのだろうか.
ここが天の川銀河の内側だとすれば,大マゼラン雲やアンドロメダ星雲は見えるのかもしれない.
アンドロメダ星雲は250万光年離れた隣の銀河なので,銀河系のどこからでも見えるはずだ.
ただ,どの時期に見えるかもわからないし,緯度の関係でこの地域では見れないかもしれない.
時間があったら,この世界の天文学を調べてみよう.
「何してるの?」
「星を見ていた」
イリスから星の名前をいくつか教えてもらう.
この世界には星座は存在しないようで,方角を知るのに便利だという星がほとんどだった.
昼間は暑いくらいだったが,夜は冷えるな.
イリスを見ると,手にもつカップから湯気が出ている.
「ホットミルクいる?」
器用に魔法で温めたホットミルクを少し分けてもらう.
翌朝,甘い匂いで目を覚ますと,毛布の中にイリスが潜り込んでいた.
寒かったのかもしれない.
起きる様子が無いので,やわらかいほっぺたを引っ張ってみる.
「う~……おかあひゃま,いたいれふ……」
母親の夢を見ているようだ
翌日は,街道沿いの宿に泊まる.小さな町と聞いていたが,数件の宿と飲食店が街道沿いにあるだけ.
王都への旅の経由地として使われることだけを想定した場所だった.
王都が近づくと馬車の揺れが少なくなったのが分かった.街道がよく整備されているようだ.
イリスは本を広げたままうとうとしている.さすがに疲れたのかもしれない.
三日目の夕方,馬車は予定通り王都に到着した.
「王都って自由に入れるんだな」
王都に入るときは身分証を確認されたりしなかった.
「王都に出入りする商人は多いから.いちいち門で荷物や身分証を確認してたら大変」
「そんなに治安は悪くないから安心して.街の中は憲兵が巡回しているし.あと王宮や貴族街に入るときはちゃんと身分が確認されるし」
貴族街というのは,文字通り貴族の屋敷しかない区画のようだ.
俺たちには縁の無い場所だろう.
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