第11話 真空管と転移魔法

何も入っていないガラスの容器.


精度良く何かを作るとき,真空があると便利なことが多い.

金属の表面を酸化させずに加工できるし,熱を伝える物質が無いので保温性も上げられる.

あとは,化合物を合成したときに溶媒を飛ばす真空引きにも使えるし,同じ原理でフリーズドライ食品とかも作れるだろう.


しかし,俺はもっと直接的な用途のために真空を欲していた.


「真空管を作ろうと思う」


もちろん,この世界に真空管など無いので,その言葉はイリスには通じなかった.


真空管とは,簡単に言えば真空にした管の中に配置した金属部品に電気を流し,真空中に飛び出した電子を使って様々な高価を生み出す電子部品だ.

地球では,ほとんどが半導体に置き換えられてしまったが,真空管の一種であるCRTを使ったディスプレイが最近まで使われていたし,マイクロ波を発生させるマグネトロンなどは家庭用電子レンジにまだ使われている.


「こんな見た目のものだよ」


真空管が何なのか聞かれたので,どんな働きをするものかは置いて,タブレットPCに表示したページを見せる.

そこには昔の真空管の写真と模式図が載っている.

ガラス管の中に金属製の電極が複雑に収まり,端子が外に出ている写真.


「ガラス管に金属の部品を入れるのね.ちょっと複雑でこの絵だと細かい部分が分からないかも」


いま作るのは単純なもので良いので,図を書くために羊皮紙とペンを借りる.

俺のメモ帳とボールペンはイリスが持ってるはずだが今は追求しないでおこう.


電子源とする針金,電子を受ける板状の電極,その間に電子の動きを制御するための穴の空いた板を用意する.

それぞれ三本の導線をガラス管から外に出す形にする.


電極の加工は鍛冶屋あたりで相談してみようかと思ったが,イリスが魔法で切り抜いたり穴をあけたりしてくれた.


ガラス管を真空にしたあと,炎魔法でガラス管を加熱しながら引っ張り溶かして完全に密閉する.

冷却したガラスにこんなことしたら粉々になるかもしれないと思ったが,意外と大丈夫だった.

本来であれば,完全な真空にするのではなく,安定したアルゴンなどのガスを入れるべきなのだろうが,入手が困難そうだ.


「これでいいの?」

イリスが俺が描いた図面の通りのものを組み立てて出来栄えを確認する.


「すごい,完璧だよ」

おそらく,この世界で初めての真空管ができた.


魔法で高温や低温から高真空まで簡単に作り出せるというのは,ある意味チートだ.


こんなに気軽に魔法を使えると,地球の科学技術などあっという間に追い越せる気がする.

そうならないのは,魔法を使えるのが一部の人間だけに限られる上,中途半端に便利なせいで,さらに便利なものに手を伸ばそうとする人がいないのかもしれない.


「電気を魔力に変えたり,電気を検出することってできたりする?」


「電気を魔力に変えるのは難しいかも.電気が流れているか調べる魔法陣なら作れそう」


充電するときに使った魔法陣を用意してもらって,電極につなぐ.

同時に電流を検出して,小さな光魔法が発動するようにしてもらう.


イリスは簡単そうにやっているが,たぶん恐ろしく高度なことをやっているんだろう.

イリスがいなければ,電流計も作らなければいけないところだった.


チートなのはこの世界の魔法ではなく,イリスのほうかもしれない.


これだけでは何も起きないので,電子源となる電極を炎魔法で加熱してもらう.

すると,光魔法が発動する.


金属から熱により電子が飛び出し,電位差で加速されて飛んでいく.

とても単純な真空管の動作だ.


本来であれば加熱用のヒーターも入れるのだが,これも魔法で解決できてしまった.


これだけで,ほぼ成功だが間に挟んだ3つめの電極も電源につなぎ,それをOn/Offしてみる.

それに合わせて,光魔法も点滅するのが確認できた.

電極間の電位差が変化し,電子の動きが変化した結果だ.


真空管アンプとしても動くのを確認できた.

ただ,イリスが作った魔法陣が感度の良い電流センサなので,トランジスタも魔法でも作れるてしまうのかもしれない.


真空管の動作を確認していると,イリスが転移魔法の魔石を見ながら何か考えていた.


「これって,金属の部品の間を電気が流れているってことよね」


「そうだけど」


試したいことがあるというので,もう一つ同じ真空管を作る.


「これ,電気を転移魔法で転送できるんじゃない?」


真空管を再現することだけ考えていて,その発送は無かった.

イリスがやろうとしていることを理解した.


転移魔法のゲートが真っ黒であることからも分かるように.電磁波は通らない.魔法も通さない.

かと言って物体を転送するには大量の魔力が必要.


なら,電気ならどうか?


電磁波が通らない理由はまだわからないが,電子そのものはゲートに触れれば転移するはずだ.

そして,電子は物質を構成する要素の中で極端に軽い存在だ.


イリスは魔力を調整し,数mmの転移ゲートを真空管の中に発生させる.


最初思ったように動かなかったが,電磁波同様,電圧の勾配も遮断されてしまっていたようだ.

あくまで転移させるのは,ゲートに接触した質量を持つ物質のみということか.


ゲートの位置を調節して,制御用の電極を使って電子を加速すると,転移ゲートを通してもう一方の真空管で電子が検出できた.


「これってどれくらいの間動きそう?」


「ほとんど魔力は消費されてないから,数日か,もしかしたら一ヶ月くらい維持できるかも」


電子の質量は物質を構成する原子核に比べても数千分の一だ.魔力消費量は誤差の範囲なのだろう.


これを使えば,電波を使わずに通信ができる.


次は真空管を使った無線機を作るつもりだったけど,もっと凄いものができてしまった.

欠点といえば,転移魔石の個数が限られていることと,最初に発動してゲートを開くために大量の魔力をが必要なことくらいか.

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