第7話 隣町へ

宿の部屋はそのままにしておくと言ってくれたが,戻るまでの日数がはっきりしないので念のため片付けておく.


「えっ,別の宿に行っちゃうんですか?」

とリッカに聞かれたので,隣町に行って数日で戻ってくると言うとほっとした様子だった.


自作電池に使った金属板も昨日のうちに売り払っておいた.表面は腐食していたが小金貨3枚になった.



早朝にイリスと門までやってくると,リサが待っていた.


「よろしくおねがいします.護衛ってリサさんのことだったんですね」


「友達呼び出すのに冒険者ギルド使うのやめてよね.そもそも,私が指名されて,護衛一人という依頼なのが変だとは思ったけど」

リサも依頼主を知らなかったらしく,イリスに文句を言っている.



「最近イリスが付き合い悪いと思ったら,わたし以外の遊び相手を見つけてたのかぁ」


「そんなことより早く行こう」

イリスはそう言って,門の脇にある扉の鍵を開ける.門番がいないときも街から出れるらしい.


3人の名前をノートのようなものに記入していたリサが出てくると再び施錠する.



街から南へ続く道を歩きだす.この世界に来て最初に歩いた道だ.

これから向かうのはフィノイという小さな町で,リサの実家があるらしい.



しばらく話しながら歩いていたが,リサが立ち止まって薄暗い森を見る.


「……いるわね」


そうつぶやいた直後,森の中から2匹の大きな犬のようなものが現れる.これが魔物か.


すぐにリサが前に出て魔物に向かい合う.

魔物が飛びかかってくるが,リサは難なくかわしつつ,いつの間にか抜いていたナイフで魔物を切りつける.


イリスを見ると,いつのまにか手頃な岩に腰掛けて読書中だった.

「リサなら心配いらない」らしい.


難しそうな本を読んでいるが,俺には読めない.


そういえば,と,本屋に同じ本が2冊あったことについて聞いてみる.


「たぶん転写魔法.専用の魔石と設備が必要だから簡単ではないけど」


そんな便利な物があるのか.


お金も複製できるのかと聞いたら,複製とは言っても物が増えるわけでは無いらしい.

板や羊皮紙に書いた文字を元に魔法を使ってインクを浮かび上がらせるらしい.


「あと,金貨には偽造防止の魔法陣が埋め込まれていて,素人が偽造してもすぐばれるし、重罪だから気をつけてね」


本当にお金を増やそうと思っていたわけじゃないが,心配された.


気づけば,いつのまにか魔物を倒したリサが戻ってきていた.


「ちょっと,いちゃついてないで手伝ってくれてもいいじゃない」


「いちゃついてない.だいたい私達は護衛対象でしょ」



再び歩き出す.

その後は魔物には出会わなかった.

日が高いうちは森の中に潜んでいると説明された.



「――というように,火,水,土,風,氷,雷,光の7種類の基本属性と,あとは闇魔法や空間魔法などの特殊魔法がある.ここまではいい?」

歩きながら,イリスに魔法の属性について説明してもらっていた.


「光は属性魔法なのに,闇は特殊魔法なのか」


「これはあくまで魔法の効果の見た目での分類.魔法の構造とは無関係だし,属性の分け方も時代や流派によって変わる」


「魔法の構造?」


振動を与えて物体の温度を変えるとか,確率を制御して空気中の水を集めるとか,そういう仕組らしい.

なんだか熱力学の話みたいになってきたな.

ただ,魔法という学問上は邪道だと言う.


「直感的な属性の概念のほうが便利だし,仕組みを知らなくても手順さえ正しければ魔法は発動するから」



遠い場所に何かを伝えたるする魔法はあるか聞いてみたが,基本的に遠距離に届く魔法は無いようだ.

光魔法の組み合わせで,事前に取り決めたメッセージを伝えたりはできるらしいが,普段から使われるようなものではないらしい.



「もしかして,このイリスに魔法を教わってるの?あなた何者なの?」

リサが奇妙なものを見たという顔をしている.


「そうですけど,何か珍しいですか?」


リサが言うには,今までどんな好条件で魔法を教えるように請われても嫌がっていたらしい.

そこまでして,異世界の本を読みたかったのか…….


休憩して昼食を食べる.


リサがその場で簡単に調理した昼食は,美味しかった.

イリスも魔法で水を用意したり火を熾したりしていた.戦闘には加わらないが,料理の手伝いはするらしい.


「一応野営の準備はしてきたけど,暗くなる前には着きそうね」


途中で広い街道からそれて西へ向かう.


「ここをずっとまっすぐ行くと王都に着くわ.徒歩だと何日もかかっちゃうけど」

と,リサが説明してくれた.




フィノイの町の入口では,衛兵が人の出入りを監視していた.

シュターツのように壁で囲まれているわけではないが,町の裏手は山なのでここだけ見ていれば良いようだ.


俺が持っている仮の身分証は発行した場所以外では使えないと言われていたが,イリスとリサの連れだということで咎められずに町に入れた.


最初に向かった先は,町の中央にある建物で,商業ギルドや冒険者ギルドが入っているようだ.

役所も兼ねているようで,多くの人が出入りしていた.


奥の部屋に通されると,テーブルの上に魔石が置いてあった.

担当者らしき男が,これが近くの遺跡で発掘されたから確認してほしいと言う.


「確かにこれは古代魔法の魔石ね.たぶん転移魔石.対になる魔石は見つかってない?」


魔石を覗き込むと,幾何学的な図形が立体的に幾重にも重なり虹色の光を反射している.

似たようなものを見たことがある気がするが,それが何か思い出せない.


転移魔石は2つの魔石がペアになっていて,同時に起動することで2点の間を一瞬で移動できるもののようだ.


凄いものだと思ったが,あとからイリスに聞いたら,「制限が多くて実用的ではない」ものだと教えられた.


まず魔力を宿したものや人間の移動には使えない.

また,膨大な魔力を消費するので重いものや大きなものを転移させることも現実的ではないそうだ.


魔道士が十人がかりでも一瞬しか発動できず,必要なコストが高すぎるし,両側で必要な魔道士を集める必要があるので緊急事態には使えない.

そもそも,同時に発動するために合図が届く距離で使うしかないのだが,それなら光魔法とかで簡単な情報伝達ができてしまうようだ.


両側に魔石が必要な以上,これで日本に帰ることはできないが,何かヒントになるかもしれない.

もし可能性があるなら,どうにかしてネットのある日本に帰りたい.



イリスが担当者に魔石の状態や見つかった場所について聞いている.

明日遺跡に行くつもりのようだ.


正直に言うと面倒くさくなってきたので町で待っていたいが,興味があると言って付いてきた手前俺も遺跡に行くことにする.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る