第6話 魔法を習う

電力問題の解決の目処はたった.


でも,この世界にインターネットがあるようには思えない.

実を言うと最初から薄々そんな気はしていたのだが,その可能性は考えないようにしていた.

(そろそろ現実を見たほうが良いかもしれない)


朝食の硬いパンと不味いスープにも慣れてきた.

そして,この宿で出される料理は,全て不味さにおいて安定しているのだけど,朝食のスープだけ変化があることに気づいていた.


今日はハーブの香りが追加されていた.

致命的に失敗した料理を,香草と追加の調味料でどうにかごまかそうとした形跡がある.

でも,おいしくないのには変わりない.


「お口にあいましたか?」


食器を返しにいくと不安そうな顔でリッカが尋ねてきた.


口に合うかどうか以前の味な気がするが,まずいとは言えず「いつもよりスープが美味しかった気がする」と答える.

そういえば,この宿で働いているのは店主とリッカだけのようだ.もしかしたら親子なのかもしれない.



今日も朝からイリスが訪ねてきた.


イリスは部屋に入るなりタブレットPCを要求し,今はベッドの上で異世界の言語の解読に勤しんでいる.

いまのところ何か教える必要は無いらしい.


何度か声をかけてみたが,邪魔だと言われた俺は部屋の隅でおとなしくしている.

やることもないので,ベッドの上をごろごろと転がるイリスを眺めたり,窓からの景色を眺めたりしていた.


午後は魔法について教えてくれると言っていたが,すでに昼過ぎだ.


イリスからタブレットを取り上げる.


「ひどい.おねがい返して!」


タブレットを高く上げると,イリスは両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ね,取り返そうとしてくる.

身長差があるのでギリギリ届かない.



頬を膨らませたままのイリスとイリスの屋敷に向かう.


途中でお腹が減ったというイリスに袖を引かれて来たのは,先日リサと入ったカフェだった.


イリスは食事中もどこから取り出したのか本のページをめくっていた.

この世界の食事のマナーを俺は知らないが,行儀が悪い気がする.


店員がずっとチラチラとこちらの様子を気にして伺っている.

確かに,この店の客の中で一番みすぼらしい服装の俺と,お嬢様な格好をしたイリスが一緒にいるのは奇異に映るかもしれない.


食事を済ませたあとで,イリスがお金を持っていないというのが分かった.

俺が払えなかったらどうするつもりだったんだろうか.



屋敷には昨日と同様に裏口から入った.

人目を気にしているようなので,こっそり外出しているのかもしれない.


「こんな家に住んでるってことは,イリスの家ってすごくお金持ちなんだな」


「……父が商人だったの」と複雑そうな表情で言う.家のことには触れないほうが良いのかもしれない.



ドアの前に手紙のようなものが置いてあった.

部屋に入ると,イリスは封を開けて手紙に目を通す.


「急だけど,明日から隣町まで行くことになったわ」


近くの遺跡からめずらしい魔石が発掘されたので見に行くらしい.

手紙によると,とても昔の高度な文明が関係している可能性があるとのこと.


俺は「高度な文明」という言葉に希望を見出した.今の俺には文明(=インターネット)が必要だ.

それに他の街の様子も知っておきたい.


「できれば,俺も連れて行ってくれないか?」


「……いいけど,魔物が出るけど大丈夫?」


「もし魔物が犬や猫より強いなら,瞬殺される自信がある」


魔物は見たことがないが,確認されたということはやはり危ないのだろう.


「護衛が必要ね.ちょうど信頼できる冒険者が街に来ているはずだから依頼しとく」


この国に犬や猫がいるのかはともかく,言いたいことは伝わったようだ.



気を取り直して.


「念のため聞くけど魔法についてはどれくらい知ってる?」


「全く知らない.誰かが使うのを見たのも昨日が初めてだよ」


地球で魔法を使える人に会ったことはない.


「……貴族や冒険者と無縁な生活をしてたら知る機会無いか.なら,まずは使ってみるのが良いかも」


「魔法って俺にも使えるのか?」


「魔力の量は人それぞれだけど,適正があって単純な魔法なら少しの訓練で使えるかも」


イリスは棒状のものを取り出して机の上に置く.


「これに魔力を込めてみて」


ただの棒に見えるそれを握る.

俺もとうとう魔法使いになれるのかと期待に胸をふくらませる.


(……魔力を込めるって,どうやって?)


「信じられない.全く魔力がない」


まぁ,そうだろうと思った.



「心配しなくても大丈夫.魔力が少なくても魔石や魔道具があれば魔法を発動できるから」


「魔石って結局なんなんだ?」


「魔石は魔力を貯められる石.魔力を伝達したり,特定の属性の魔法として放出できる魔石も多いわ」


「属性ってのは,昨日見た電気とか?」


「それで合ってる.よく使われるのは,火,水,土,風,氷,雷,光の7種類の属性の魔石.厳密には細かい種類や特殊な魔石もあるけど」


「魔道具は?」


「魔石や魔法陣を組み込んだ道具ね.事前に魔石に魔力を貯めておけば,誰でも簡単にいろいろな魔法が使えるわ」


魔石は電池みたいなものか.魔法陣は電子回路に似ているのかもしれない.


「便利そうなのに,街で売ってるのは見なかったな」


「普通の店には出回らないかも.魔石一つで家が建つくらい高価だから」


昨日の魔石と魔法陣,コンセント代わりに欲しかったのだけど無職の俺には無理そうだ.



魔法を使ってみたいと言ったら,無色透明の魔石と魔法陣が描かれた羊皮紙を出してくれた.


「ここに魔石を置いて,手で触れてみて」


それだけ?


言われたとおり,魔法陣に魔石を置く.


魔法陣に光が行き渡り,光度が増していく.

最後にイリスが「そろそろね」と言うと,スイッチが切り替わったかのように光の流れが変わり,魔法陣の上に炎が生み出された.


「おお」

これが魔法か.実際は魔石を置いただけだが.


「ここはどういう意味があるんだ?最後に一瞬だけ光が消えたかと思ったら,流れが変わったんだけど」


魔法陣の一角にある小さな図形が気になったので聞いてみる.

想像通りなら,そこがスイッチのような働きをしているように見えた.

ますます魔法陣が電子回路のように思えてきた.


「それに気づいたんだ.そこは魔法の発動を止めておく機能があって,魔法陣に魔力を満たしてからそこだけ魔力を取り除くと,全体が同時に働くの.凄いでしょ?」

この魔方陣はイリスのオリジナルで,魔法の成功率や効率を上げるための仕組みだと自慢された.



「それより魔力は無くても見ることはできるんだ.知らなかった.いいえ,ちがうわね,魔力ではなくて光として見ているのか.でもどこで魔力が光に変換されるんだろ……」


なにやら一人で考え込んでいるようだ.


「明日は朝早くに出発するから宿で待ってて」

隣町に行く準備をしないといけないということで,今日はここでお開きになった.

また時間があるときに色々教えてくれると言っていた.

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