第5話 電気と魔石と女の子の部屋
朝起きてタブレットPCを確認すると充電は5%ほどのところで止まっていた.再び電源が入るようになったのを確認したが,この調子で充電するのは大変そうだ.
部屋に運んでもらった朝食を食べる.残念ながら,スープの具は以前のものに戻っていた.口の中に残ったゴムのような食感の肉を噛んでいると,ドアがノックされる.
部屋にある私物にはシーツを被せておく.
ドアを開けると,小柄な女の子がこちらを見上げていた.改めて思うが,子供が一人でこんなところに通うのを,親御さんは心配しないのだろうか?
「約束通り,続きを教えてもらいにきた」
教えるとは言っても,俺のやることは指された場所に書かれた説明を読んで言葉にするだけだ.難しいことを聞かれたら,ちゃんと答えられるだろうかと心配だったが,イリスはうんうん唸りながら数式を睨み,ああそうか,と勝手に納得しているようだ.
「本当に国交のない場所で書かれた本なのね.この国で使われているものとは数学の体系が少し違う」
イリスは見慣れない流れの証明がいくつもあるのが気になると言ってた.イリスに聞けば,地球とは異なる体系の数学を知ることができるのかもしれないが,あいにく俺にはそこまでの興味はない.
またドアがノックされたのでドアを開けると,店主が自ら食器を回収に来ていた.そういえば返すのを忘れていた.
部屋の外で待つ店主に朝食の食器を渡すと,小声で「イリス様とどういった関係ですか?」と尋ねられた.外国の言葉を教えるのを頼まれただけだと伝えたら,さらに驚いた様子だ.
もしかしなくても,イリスは有名人か良いところのお嬢様のようだ.
店主が去ったので部屋に戻ると,私物の上にかぶせてあったシーツが剥ぎ取られている.
シーツを握ったまま興味深げに,そこにある物を見つめるイリス.
「もしかして電気の実験?金属から電気を取り出してるのね.魔石を使ってないのはなんで?」
魔石というのは聞き慣れない単語だが,それよりも重要な言葉が聞こえた.
「この世界にも電気の概念があるのか?」
「そんなの当たり前じゃない」と答えるイリス.
電気がある.ここ数日で一番うれしいと感じた瞬間だった.
イリスが見ていなければガッツポーズをして部屋の中で小躍りしていたかもしれない.
イリスは興味深そうに電源の入っていないタブレットPCを眺めていた.
「こっちの板は何かしら.ガラスみたいだけど不透明だし,魔力も感じないし」
「それの説明をするには電気が必要なんだ.もしかして,魔石ってので電気を起こせるのか?」
魔石から電気を取り出せるような言い方だった.
「あなた魔法を見たこと無いの?」
呆れられた.実は常識なのだろうか?そのわりには魔法っぽい要素にいままで出会わなかったけど.
ここでは見せることが出来ないということで,午後はイリスの家に行くことなった.
イリスは大きな屋敷に住んでいた.
正面の入り口ではなく,裏口からイリスの部屋に案内される.
女の子の部屋に入るのは初めてかもしれないが,女の子の部屋という感じはまったくない.
壁一面の本,床には羊皮紙のようなものが散らばっている.
部屋の窓は透明なガラスが嵌っている.
この世界にも透明度の高いガラスがあったらしい.
宿の窓は木戸だったし,酒の入ったガラスのボトルは透明ではなかった.
裕福さと文明レベルが直結しているようだ.
イリスが木箱から黄色い宝石のようなものを取り出す.
「これが電気を生み出す魔石.雷の魔石とも呼ばれてるけど,電気で何をしようとしてたの?」
充電ケーブルのプラグを指して.
「ここに電気を流したい.ただ雷みたいに一瞬で流すんじゃなくて,一定の電圧で.電圧は通じるか?」
「……面倒な注文」
そう言いながら,イリスは羊皮紙に図形を書きはじめた.
幾重にも重ねられた円から線が伸び,ところどころに謎の文字が書かれている.
なにかの設計図に見えたが,どうやら魔法陣だ.
もちろん魔法陣を見るのは初めてだから確証はないけど.
「できた.それをここに置いて」
魔法陣の端に2つの細長い長方形が描かれている.これから試みることを考えると,それはコンセントを表す記号にしか見えない.
羊皮紙の上に魔石と電源プラグを置いてイリスが手をかざすと,魔法陣が光を放つ.
ディスプレイに充電中のアイコンが表示されて点滅する.
「そこで電圧を固定してほしい」
イリスが魔法陣の一部に何かを書き足すと,魔法陣の光が少し弱まり安定する.
ちゃんと充電されているようなので,電源を入れてみる.
メーカーのロゴが表示されたあと,ホーム画面が表示される.
「やっぱり電気で動くものだったのね」
驚いてはいるようだが反応は薄い.
インターネットにはつながらないし,役に立つものといえばダウンロード済みの電子書籍くらいだ.
電子書籍のリーダーを起動して適当に一冊を開くと,イリスの目の色が変わった.
「これ,本の内容が記録されてるの?何冊くらい?」
「たぶん500冊くらいかな」
「これ譲ってくれないかしら?もちろんお金は出すから」
もし生活に困ったら売るつもりだったが,まだ手放したくはない.
「あなたがいるときに使わせてくれるだけでもいい.なんでもするわ!」
いま,なんでもって?
「貸すのならいいけど……そのかわり,定期的に充電をしてくれないか?」
「もちろん,それくらいはお安いご用よ」
「あと,魔法について教えてほしい」
今度は微妙な顔で少し考えていたが,引き受けてくれた.
「……全部写すのにどれくらいかかるかしら.王都まで行って転写魔法の魔石を使うのもありね」
日本だったら著作権?とかの問題がありそうなことをつぶやくイリスを残して宿に戻る.
自作電池では5%しか充電できなかったバッテリーは,短時間で60%くらい充電されていた.
電源コンセント(イリス)をゲットした.
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