第4話 電気がほしい

今日もリッカが朝食を持ってきてくれた.


やはりパンは石のように硬い.この宿の朝食はいつもこのパンのようだ.


意外なことに,スープはいつもと様子が違っている.

同じ大きさに切られた野菜には均一に火が通っているし,申し訳程度に入っている肉のかけらも,下処理がされているのか臭みがなく,噛み切れる硬さだ.


それら丁寧に下ごしらえされた素材を……台無しにする味付けがされていた.

いっそ調味料を入れなければ少なくとも素材の味が楽しめただろうにと思う.


おいしくないが,とりあえず胃に入ってしまえば同じだ.

俺には食事よりも重要なことがある.


当面の目標はこの部屋にネット環境を作ることだ.そのためなら何でもする.


鍛冶屋で武器や防具を見ていたときに思いついたことがあった.

さっそく実行するために行動することにする.


宿を出て市場を通り抜け広場に出る.

露店や見世物も前回見たときのままだった.見世物には少し人が集まっているが,露店の商品は相変わらず売れている気配が無かった.


鍛冶屋に入ると,先日の店主に睨まれる.


先日見たときにも気づいたが,鋼や銅はこの世界にも普通に使われているようだった.

他にも見知った金属で作られた商品が並んでいるし,値段から考えて,銀や銅と比較した希少度も違和感ない.


そもそも,地殻の構成成分が大きく違ったらここまで地球にそっくりな文明を築くことはできないはずだ.

アルミが無いのはボーキサイトの製錬技術が無いからだろう.


日用品と思われる商品の棚を見ている限りは,前回のように追い払われることは無かった.客として認識してくれたみたいだ.


「ナイフが欲しいので見せてもらって良いですか?あと,金属の板や針金を売って欲しいんですが」


「金属の板?そんなもん何に使うんだ?ナイフはそこに並べてあるので全部だ」


武器の素材や補修用として置いてあったものを出してくれた.

金属板はそれほど高価ではなかったが,手のひらサイズに切ってもらってたくさん買った.

布の袋に詰めてもらったが,かなり重い.


少し値引きしてもらって,全部で小金貨8枚.


帰り際に,市場の近くで布切れと,見たことがない果物を買って宿に戻る.


疲れたので部屋で少し休憩する.


謎の果物をナイフで切って食べてみたが,アボカドのような食感で甘みも酸味もあまりなかった.

そのまま食べるものでは無かったのかもしれない.

次に知らないものを買うときは,ちゃんと食べ方も教えてもらおう.


宿の受付にいたリッカに,塩か酢が欲しいと相談したら塩を分けてくれた.


ここでの塩の相場はわからないが,今度お礼をしようと思う.

とはいっても,調理場の塩をこっそり持ってきてくれたみたいだが.


再び部屋に戻って,鍛冶屋で買った金属板と針金を並べる.


金属板は何種類か買ってみたが,一番多いのは薄い銅板と鉄板.本当は亜鉛のほうが良かったが,鍛冶屋には無かった.


タブレットPCの電源を入れて,電子書籍をめくる.


(確かどこかにあったはずなんだけど.Go○gleやWiki○ediaが使えれば苦労せずに済むのに……)


(あった)


『標準電極電位』と書かれた表を見つけてメモ帳に数字を書き写していると,タブレットPCの電源が切れる.

バッテリー切れだ.


準備ができたので作業にとりかかかる.


銅板と鉄板を組にしたもに布切れを挟んで何枚も積み重ねていく.16組重ねたものを食水に浸して布に染み込ませる.


途中,数枚重ねたところで針金を両端に当て,舌先で針金を舐めてみると刺激を感じた.うまくいきそうだ.


(電池を作るなんて小学生の夏休みの自由研究以来だな)


同じものを8個作って部屋の端の机の上に並べた.


銅板と鉄板の組み合わせで0.8V弱の電圧が得られるのはさっき調べてわかったので,それを16組重ねるとおよそ12.5Vの電池ができる.8個を直列に繋げば単純計算では100Vになるはずだ.


もちろん地球の金属と同一のものである保証はないし,計算通りでない部分もありそうだが,上手くいかなければそのとき考えよう.


完成したのは,タブレットPCを動かすための電源だ.


タブレットPCの電子回路はもっと低い電圧で動作するはずだが,正確な電圧を安定して作るのは意外と難しい.

それよりは,充電器を使って内蔵のバッテリーを充電するほうが簡単だし使い勝手も良さそうだ.


充電器にはAC100-240Vと書いてあったので,かなり幅広い電圧で動作するのが分かる.

コンセントの電源は交流電源だが,最近のACアダプターは内部で整流してから電圧を変換するスイッチング回路が使われているので直流でも動くはずだ.……たぶん.


針金を電池にくくりつけて直列になるようにつなぐ.感電はしたくないので,気休めに乾いた布を手に巻き付ける.

試しに電池を6個つないだところで,ダブレットの充電中のランプが光った.

これで理論的には75Vくらいのはずなので,残りの2つの電池もつなぐ.


バッテリーを充電するだけで,かなり散財してしまった.やっぱり仕事を探さないと.


あとは他の街の情報も欲しい.


案外,この地域が辺境すぎて情報や技術が入ってこないだけかもしれない.

地球でも電気を不自由なく使える場所は限られていたし,文明から隔絶されたような場所で暮らす民族もいたはずだ.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る