第2話 本を売って生活費を得る
木造の宿屋の一室で目が覚める.
小さな木戸を開けて目に入った街並から,ここは日本ではないと再確認.
身体がインターネットを欲している.
タブレットPC電源を入れる.
未練がましくブラウザを起動してみるが,表示されるのはインターネット接続を確認しろというエラーメッセージ.
『インターネット』という文字列を見つめていたら,充電を促すメッセージ表示されたので電源を切る.
空腹を感じ,飲食店を兼ねた一階に降りる.ただ,店主が出かけてしまったらしく,客もいなかった.
「どうかしましたか?」
この宿の給仕だという少女に声をかけられて,お腹が減ったと答えたら笑われた.もっと早い時間に朝食を済ませるのが普通らしい.
「パンだけで良ければ持ってきますね」
銅貨2枚と引き換えに受け取ったパンはとても硬かった.
宿代とは別料金だが事前に頼めば部屋にも食事を運んでくれるらしい.銀貨1枚を払って夕食と翌日の朝食を頼んでおく.
食べれないものがあるか聞かれたが,メニューは指定できないようだ.
店の隅のテーブルでパンにかじりついていると,給仕の少女にどこから来たのか聞かれた.
日本という国から来たと言うと,「外国から来たいんですね.すごいです」と言って興味をもったようだ.
リッカという名前の少女はこの街から出たことが無いようだ.
キラキラさせた目で旅の話をあれこれ質問されるが,野営も魔物との遭遇も経験がないので返答に困る.
「この近くで電気やインターネットが使える場所があれば教えてほしいんだけど知ってる?」
「でんき?それが何かわかりませんが,欲しい物があれば市場か街の商業区画でたいていのものは手に入りますよ」
ネットどころか,電気があるか怪しくなってきた.
宿を出て,とりあえず教えられた市場の方に行ってみる.
買い物をしている人の様子をしばらく観察して,銅貨12枚で銀貨1枚なのが分かった.
値札が読めないが,支払っている額から,銅貨が100円,銀貨が1200円くらいの価値と予想する.
たまに正体不明の肉や果物を売っていたりするが,食文化は地球とあまり変わらなそうだ.
しばらく歩くと,広場のような場所に出た.
露店を出していたり,見世物をしている人もいる.広場の周囲には店が並んでいる.
露店を覗いてみると,王都から仕入れた雑貨を売っているらしい.
ただ,用途不明のものが多い.
隣にいた人が店主に商品について質問していたが,店主も用途を知らないものが多かった.
ガラクタばかりに思えたので離れようとしたが,一つの商品が気になった.
「これかい?これは王都で仕入れた品だ.お土産にどうだ?」
紡錘形の一部を平面に削り取ったような形で,その面には万華鏡と花火をあわせたような模様が浮かんでいる.
一瞬,電子機器かと期待したが,決まった模様が浮き出るだけの置物のようだ.
裏に宝石のようなものが埋め込まれていて,内部に幾何学的な模様が見えた.
「なにに使うものなんですか?」
「部屋に飾って眺めるものだと聞いた」
……いらない.
次に鍛冶屋のような店の店頭に並んだ武器を眺めていたら,それらは冒険者専用だと追い払われてしまう.
自分の格好を確認して,確かに冒険者には見えないなと思う.
隣の店から見覚えのある少女が出てきたので声をかける.
「あ,昨日はありがとうございました.おかげで街に入れました」
「良かった.私はリサ」
やはりリサという少女だった.
なにか困っているか聞かれたので,現金が少ないので持ち物を換金したいと相談する.
「この街で一番換金しやすそうなのは本ね.少し歩くけど今から行く?」
市場があった区画は雑多な街並みで活気があったが,こちらは清潔感のある街並みで,通行人も小綺麗な格好をしている.
一言で説明するなら,お金持ちが住んでいそうな街並みだ.
古本屋のような店に入る.
鞄に入っていた数学の参考書を店の人に渡す.
「騙して安く買い叩いたりしないでよね」とリサさんが店員の男に釘を刺す.
査定を待つ間,売られている本を眺める.
見たことがない言語で書かれたそれは全く読むことはできない.
なぜか言葉は通じているが,やっぱり日本語とは異なる言葉が使われているようだ.
同じタイトルの本が二冊あったので手にとって比べる.
文字は活字ではなく手書きのようだが,全く同じ筆跡に見える.
印刷技術があるのかもしれない.
査定の結果は「見たことねえ本だが,こういう本に異常な興味を持ちそうな人間に伝手がある」ということで,かなり色をつけてもらった.
念のためリサが立ち会ってくれたが,金額を聞いて驚いていた.
金貨1枚と小金貨6枚を受け取る.小金貨は1万円,金貨は10万円くらいのようだ.
これでしばらく生活に困らない.
「お昼まだでしょ.このへんで食べてかない?」
リサがオススメだと言うカフェのような店に入って遅めの昼食.
まだ言葉は読めないが,今日一日で数字はほぼ読めるようになった.
そのせいで,メニューに並ぶ数字が宿の一泊の値段よりも高いことに気づいてしまう.
本を売る前に来ていたら何も食べれなかった.
高いだけあって,出された料理はおいしかった.
日本でもそれなりの立地に出店すれば人気店になるのは確実だ.
リサにお礼を言って,宿に戻る.
街を回って分かったが,電気を使っていそうなものは存在しないようだった.
インターネットが無いどころか,産業革命前のように見えた.
夕方,部屋に運ばれてきた夕食は,謎の肉が浮いた酸味のあるシチューのような何だった.
当面の生活費も確保できたし,食事は要改善だ.
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