ネットもないゲームもない電気もない

第1話 服を売って街に入る

見覚えのない土地の道端に立っていた.


舗装されていない道路.左手には畑が広がっている.右を見れ薄暗い森.


前方から馬車がやってくるのを見て,少なくともここが日本ではないと理解する.

馬車の向かった先を見れば,壁に囲まれた中に街があるように見えた.


(……ネットカフェが無さそうな街だな)


まずは街に入るべきだと思って歩いていくが,門番が通行人の身分証のようなものを確認しているのが見えてきた.


(事情を話せば入れてくれるだろうか)


この世界で身分を証明してくれそうなものは何も持っていない.

自分と門の付近にいる人の服装を見比べる限り,奇抜な服装をした怪しい人間に思われる可能性も高い.


門から離れた場所は簡単な木の柵があるだけに見えるので,無理をすれば乗り越えられそうだ.

でも,状況も分からずにリスクのある行為をするのは最後の手段にしたほうが良いだろう.


どうしたものかと,近くにあった倒木に腰をかける.

さも,疲れたので少し休憩していますというふりをしながら,通行人を観察することにした.


まずは誰かに話しかけるべきだが,ほとんどの人は俺と目が会うと目をそらして避けていってしまう.

武器を持った大柄な男性が目の前を通ったが,怖くて声はかけられなかった.



なかば諦めつつ,フード付きの外套の小柄な人に声をかけると立ち止まってくれた.


「すみません,ここがどこだか教えてもらっても良いですか?このあたりの土地勘がなくて迷ってしまって」


深くかぶったフードから金色の髪が覗いている.

フードのせいで遠目には分からなかったが,俺と同じくらいの年齢の少女だった.


「ここから街が見えてるでしょう?シュターツのすぐ近くよ」


言葉はちゃんと通じた.シュターツというのが街の名前だった.


「日が暮れると魔物が増えるし,もうすぐ門も閉まるから,野営の準備がないならさっさと街に入ったほうが良いわよ」


ただ,やっぱり街に入るには身分証が必要らしい.身分証を持っていないので街に入れないと,正直に伝える.


「……どうにかして街に入りたいんですが」


しばらく無言で観察される.そりゃ街の目の前で迷っていて身分証もないとか,不審なのは自覚している.


「わかったわ,門番に説明してあげる」




少女の後ろをついていく.


「この人,身分証無くして困ってるみたいだから,話を聞いてあげて」


ここまで連れてきてくれた少女はそれだけ言い残して,さっさと街に入ってしまう.


門番は何も言わず剣呑な目でこちらを見ているのが分かった.


(……このまま捕まるのは困るな)


詰め所の一室に案内されて事情聴取を受ける.


日本という国から連れてこられて道端に放り出された上に,ここがどこかもわからずに困っていたと説明した.

女神とか異世界とかの話はしなかったが,それ以外は正直に話す.

もしかしたら,嘘を見抜く手段があるのかもしれないと思った.


名前を確認できるものが無いか聞かれたので,学生証を見せてみる.

写真と俺の顔を興味深そうに見比べられたが,書いてある文字は読めないようだ.


持ち物もチェックされたが,鞄の中は少し覗いただけでスルーされた.


「リサさんが連れてきた人だし追い返すわけにはいかないだろう.あとで調べさせてもらうが,この国での犯罪歴は無いよな?」


犯罪者だったりしたら仕事をクビになるだけじゃ済まないとぼやいている.

リサというのは先程の女性のようだ.


街に入れてもらえそうで安心したが,お金が必要らしい.もちろんこの国の金は持っていない.


「なんだ,金もないのか?持ち物を換金するなら手配するが」


親切心で言っているわけではなく,カネに困って犯罪を犯されるくらいなら面倒を見たほうがマシという考えのようだ.

高く売れそうなものが無いかと聞かれ,鞄の中身を見せる.


「さっきも見たが異国のものだろう.鑑定が必要そうだし時間がかかりそうだな.変わった素材の服を着てるようだし,それを売るのはどうだ?」


勧められるまま服を売ることにする.代わりはこれで我慢してくれと言われ,質素な衣服を渡される.着心地はあまり良くなかった.


しばらく一人で待つと戻ってきた門番から,小さな袋と仮の身分証を受け取る.


「時間があれば高値で買う人を探せるかもしれないが,急ぎだとこんなもんだ」


袋には銀貨と銅貨のようなものが入っていた.この世界の物価がわからないがこれで数日は滞在できるらしい.


この街にいる間は滞在するようにと指定された宿屋は門からすぐの場所にあった.

木造で二階建て.あまりきれいとは言えない外観だったが今は贅沢は言えないだろう.


一泊あたり銀貨2枚とのことなので,まずは2泊することにして,店主らしき男に銀色の硬貨を4枚出す.

受け取ってくれたので合っていたようだ.


案内されたのは,二階の一番奥にある狭い部屋だった.

部屋の中央に簡素なベッドがあり,部屋の端には小さな机と椅子.

以前泊まったことのある格安ビジネスホテルを思い出した.


自分の持ち物を確認する.


この国での所持金は,銀貨4枚と銅貨のようなコインが数枚.

受験用の参考書,ボールペン,メモ帳,部屋の鍵,財布.

あと,タブレットPC.スマホは取り上げられたが,バイト用に鞄に入れていたこれは見逃された.


タブレットPCの電源を入れてみた.

ブラウザを起動しても何も表示されない.ゲームを起動してもネットワークエラー.


そしてバッテリーが残り少ない.

充電したいが,この部屋にコンセントは見当たらない.明かりは油を燃やすランプだけのようだ.


この世界でどうやって生きていくかとか考えることは多いが,今日のところは寝ることにする.


(……早めにネット環境を整備しないと)

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