再会
「ゆりなさん指名入りました!」
夜が盛り上がり始めた頃、先輩のお付をしていた私の元にボーイがそう声をかけた。
「いってらっしゃい」
自分の事のように嬉しそうに微笑む先輩に一礼して席を立った。きっと本指名が取れなかった方が私を指名したのだろう。この絶好の機会を逃してはいけない。上手く会話をしなければ。
「ゆりなさん入られます」
「お待たせいたしました」
男性の隣に軽く腰掛け顔を見る。
「久しぶり」
「あ!」
「久しぶりっていう程でもないけどね」
近藤颯汰が本当に来てくれた事に感動した。そして私を選んでくれた事に。
「どうしてもゆりなちゃんと話してみたくて」
「ありがとうございます! 昨日が初日で緊張して全然会話出来ませんでした……」
「そうだったんだ。じゃあ一緒だね」
声が聞けた事とあの時の笑顔がもう一度見られた事が嬉しくて自然と笑顔が溢れる。昨日は緊張して笑顔を忘れてしまうほどだったのに。
「僕も昨日初めてこのお店来たんだ。知り合いの人に連れて来られてね。でもゆりなちゃんに会えたからラッキーかな」
「私も、近藤さんに指名していただいてラッキーですよ!」
「ほんと?! 嬉しいかも」
照れてる様子も可愛らしい。
「あ、そうだ。ゆりなちゃんをお店の人気者にするために何人か紹介しようか? 今丁度1人寂しい奴がいるんだー。ゆりなちゃんいつお店いる?」
「明後日いますよ! いいんですか?」
「うん! むしろ会ってあげて。あいつこの間ちょっと色々あってさ。慰めてあげてよ」
「わかりました! 近藤さんの頼みでしたら引き受けます!」
「ありがとう。じゃあ明後日連れて来るから」
その後も近藤颯汰と色んな話をした。しかし彼は自身の職業には触れず趣味の話をしたり私の話に耳を傾けてくれた。
「じゃあ、またね」
「はい。楽しみにしてます」
彼に手を振ってお見送りすると主任が近づいてきて「やったね」と声をかけてくれた。
「紹介もしてくれそうなんでしょ?」
「はい!」
「初めての指名にしてはよくやったわ」
「指名貰えるのって凄い嬉しいですね! 満足感って言うか達成感あります」
「かもしれないわね。このあともよろしく」
2日後、近藤颯汰が連れて来た友人が私を指名した。顔を見た瞬間、全てを察し目を見る事が出来なかった。
「ゆりな、さんですか?」
「あ、はじめまして、ゆりなって言います」
「あ、僕はご存知かもしれないんですけど河田光友って言います」
あの日のプレミアム握手会がフラッシュバックされる。それと同時に『やっぱり覚えてないんだ』と絶望する。3ヶ月後には忘れていると思ったが1ヶ月で忘れてしまうんだ。
「近藤様からお話は伺っていますよ」
違う。あの人からは何も聞かされていない。私があなたを好きだから知っているのに。ここでは嘘をつくしか出来ないことが苦しい。出来ることなら私個人として、村島まりなとして彼と話がしたかった。どうして? と。
「こんな時にこんな所に来るなんて本当馬鹿ですよね……。結構ぶっちゃけた話もしちゃっていいですか?」
彼から全てを聞けるのなら、どんな惚気でも聞いてやろうじゃないか。オタクとして彼の幸せを。
彼が話したものは全て胸を締め付けるようなものだった。1つ助かった事は既に彼がゆりなと別れてしまっているという事だった。
握手会以前から2人は交流が始まっていたようだった。出会いが彼女のペットを撫でた事からと言っていたので、ゆりなが河田光友と初めて遭遇したと言っていた頃からだろう。その頃はメールのやり取りだけだったそうだ。そして握手会で再会。最推しではなく河田光友の元に1番に来てくれた事がとても嬉しかったらしい。そこから河田光友がアプローチをし交際が始まった。SNSを始めた理由はゆりなに関わる人がどんな人なのか知るためだったらしい。そんな時に私というストーカーを見つけてしまいマンションを離れるようになる。初めの頃はホテルで生活していたようだが丁度同じ時期にゆりなの会社が繁忙期を迎え「家に帰れない事増えると思うから自由に使っていいよ」という成り行きで同棲がスタート。それからしばらくしてお泊まりデートとして写真を撮られ報道されたらしい。報道されてすぐ事務所から活動休止するよう促されそれを承諾。SNSをしてしまったせいで自身に対する誹謗中傷を見かけてしまっていた河田光友はその件で完全に滅入ってしまい、ゆりなと会う事も拒み別れるという結果を迎えたそうだ。
「そうだったんですね……。テレビには疎くて」
「いえ、こんな事話せる人なんて限られてるし聞いてもらえるだけで少し楽になるんですよね」
河田光友はテレビで見るより大人しく真面目な雰囲気だった。アイドルとプライベートはやはり違うのだろう。
「正直この話聞いてどう思いました? リアルな反応を知りたいんです! 気を遣わなくてもいいので教えてください」
私の目を真剣に見つめてくる瞳には光がなかった。
「えっと、もし私が河田さんのファンだったら辛いなって思います。もしかしたらその中には河田さんを見ている事しか生きる価値を見い出せない人もいるかもしれないですし、仮にもSNSで河田さんと会話出来ている人がいたっていう事実が辛いなって……」
河田光友は膝の上で握った拳を見つめて口を開いた。
「やっぱりアイドルでいる事って難しいですね。僕を好きになってくれた人の理想である事がアイドルである最もな条件だと思うんです。僕以外のメンバーは芯がしっかりしてるし色んな可能性があると思うんですよね。僕だけ何もない」
「それは違うと思います……! アイドルは好きでいてくれる人を笑顔にする仕事だと思います。全ての人の理想になるなんて無理ですよ。髪が短い河田さんを好きな人がいれば髪が長い河田さんを好きな人だっているんですよ? 全ての人の理想になんてなりきれません。河田さんしか持ってない物もあるんじゃないでしょうか?」
貴方にはどのメンバーにも負けないくらいの素敵な笑顔があるじゃないか。なんでその笑顔を見せてくれないんですか?
「僕にしかない物ってなんだと思いますか」
「え……」
笑顔だと言いたい。でも私は貴方のことを何も知らない人間というていだからこそ、今こうして話を聞かせてもらえているのだ。我慢しよう。
「また、ここに来てもいいですか?」
「ぜひ来てください」『ここに来たら駄目だよ』
キャバ嬢としての私とオタクとしての私が混ざり合う。あんな事があったからって嫌いになれない。私を変えてくれた人なのだから。私にとって大切なのだから。
「どんな時でも笑っていれば変われますよ」
「え?」
お店のエレベーターが閉まる時、私は彼にそう呟いた。彼には笑っていてほしい。どんな時でも幸せでいてほしいから。
河田光友には連絡先を渡さなかった。また来る時は近藤颯汰に連絡を入れるように伝えると、彼は少し微笑み「わかりました」とだけ言った。
弱々しい微笑みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます