絶望

『RI-Tu_Mのメンバー河田光友さんに恋人発覚?!』

 その見出しを見て全身が冷たくなった。考えた事がなかった。推しに彼女がいるなんて。

「週刊誌に報じられた河田光友さんのお泊まりデートなんですが、先週の水曜日にこのような写真が撮られたんですね。報道陣によるとお隣の女性は一般人のようなんです! 河田さんと言えば人気上昇中のRI-Tu_Mのメンバーで最近ではバラエティ番組にも引っ張りだこ。その矢先のこの報道でしたので皆さん驚いたかと思いますねー」

 そのことを伝えるだけのアナウンサーは淡々と台本を読んでいく。ファンの気持ちも知らないで。それは本人にも同じ事が言えるのか。

「ただここで問題があるんです」

 冷めきっていた全身が硬直する。

「河田さんとこの女性、SNSで知り合ったという事なんですね。RI-Tu_MはSNS禁止というルールがある上でこのような事態になってしまってるんです」

 周りのゲストが「はー、残念ですねー」「実際メンバーの中で事務所に内緒でSNSしている方は河田さん以外にもいるんですかね」

 もう何も考えられなかった。私もSNSの中にいたのに、推しに見つけてもらえなかった。なんで。なんで。なんで──


 1人の家で、どれだけの時間泣いていたのだろうか。周りの環境から切り離され、声も雑音も聞こえなくなり周りが見えなくなっていた。疲れきって気づかない間に寝てしまったのだろうか。記憶が無い。窓から差し込む光はオレンジ色に染まり、そこに埃が待っているのが見える。何も考えられない。呆然とその景色を眺めて、どれだけの時間が経ったのか感じようとしてみる。だけど結局、結論に至らないまま頭の中が真っ白になった。

 ただ何となくスマホの電源をつけた。通知は1つも来ていなくてむしろ安心する。それでも恐る恐るSNSを開いた。検索欄にはRI-Tu_Mに関するワードがズラズラと出てきた。それだけで吐き気がする。

 その中に「相手女性特定」の文字を見かけた。見たくない。知りたくない。……それでもそのワードを検索してしまった。

 相手の女性であろうアカウントが色んな人にメンションされ、プロフィール画面をスクショされ、それを投稿されている。

 堪らずトイレに駆け込んだ。胃にある全てのものを吐き出し、汚いとは分かっていながらもその場に倒れ込んだ。もう一度画面を覗き込んで絶望する。

 これが三次元の怖さだと知っていた。二次元を愛していた時から分かっていたはずだった。なのに、それを忘れて三次元にハマって後悔する。後悔は後からでしが出来ないのだから仕方ない。そう言い聞かせる。

 報道を知ってすぐに感じた「なんで」の言葉が増えていく。答えを知ることは出来ないから、どんどんどんどん戻れなくなる。沼。

 河田光友にハマった時の沼は幸せなものだった。今ハマってしまっている沼は地獄だ。昨日までは幸せだったのに。天国だったのに。

 幸せを知ってしまうと、人はその幸せをまた求めてしまう。無謀なのを知っておきながら。今の私は何を求めているのだろうか。昨日までの幸せ? 二次元と同じような清らかさ? 誰からも裏切られないような平和な場所? きっと全てだ。

 こんな私でも、それを求めていいといつからか認められたような気がしていたんだ。

 今こうして絶望しているのは私だけじゃない。同じように河田光友の行為に絶望し怒り、離れていこうとしているのは。

 時間が経てば経つほど冷静になっていく。あの頃が幸せだったなんて考えたくない。過去の幸せに縋るのは惨めだとずっと思っていたから。

 スマホの画面を見ながら、ただひたすら「可哀想に」「気の毒に」「残念だったね」と繰り返す。それは河田光友に向けられた言葉であり、相手の女性に対する言葉でもあった。

 画面の中にはゆりなのアカウントがメンションされていた。

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