第33話

 「うえぇぇ〜ん! うえぇぇ〜ん!」


 「…どうしたの、なんで泣いてるの?」

 頭の中に声が響く。それは失われた声。

過去に聞こえた忘れてしまった優しい言葉。


「誰かと遊びたいの?」「…うん。」


「そっか、じゃあ私が一緒に遊んであげる」


「…本当?」

「当たり前、ぼうや名前は? いくつ?」


「..健太、7歳。」


「七歳? なんだ、私と同じじゃん。

いこ、一緒に楽しく遊ぶんだ。私の名前は..」

言いかけたところで映像が切り替わる


「なんか面白いものあったかー?

それじゃ出し合うぞー」

畳の部屋で男児二人がガラクタを見せ合う。

内訳は街で拾ってきた綺麗な石や釘やゴミ...その中に、大きなカエルが混じっていた。


「うはっ、カエル!?

お前とんでもなくスゲェもん持ってきたな!」


「うん、田んぼの方で見つけたんだ。

変な声で鳴いて面白いよ?」


『ゲコッ..ゲゴゲコッ‼︎』


「あっはは、スゲェ〜! おもしれぇな!」


「叩くと声が低くなるんだよ。」 「え?」


 『グエッ!』 「ね? ほらほら!」

背中を何度も拳で叩く、苦しむカエルの雄叫びを楽しそうに聞きながら笑顔で拳を振り下ろしては身体を潰していく。


「アハハハハハハ! 面白いよねぇ⁉︎」


『グエッ..!!』

辛抱堪らなくなったカエルはその場から逃げ出し跳び上がり、天井へと張り付いた。


「あー、うえいっちゃったね..。」

残念がる健太はため息を吐きつつも水の入ったペットボトルを手に取り、振りかぶってカエルに向かって投げつけた。


「あ、落ちたっ!」

ペットボトルは見事命中し、水を溢れさせながらカエルと共に落下する。水を吸った畳の上でもがきながら、逆向きのカエルが必死に痛みを紛らわせていた。


「あっははっは! 見ろよこのカッコ!

やっぱり連れてきて正解だったね、めちゃくちゃ面白いもんコイツ!」


「‥ちょっとやり過ぎじゃないか?」

腹を抱えて笑う姿に二、三歩引いて共感せずにいる。不運な事に笑いのツボが余り合わないようだ、ならばパターンを変えるのみ。


「次さ! トンボ持ってくるよ!

中で飛ばして捕まえんの、面白くない?」


「それは…結構面白そう。」


「でしょっ⁉︎ 今度一緒にやろうよ!

捕まえたら羽を全部剥ぐの、飛べなくなったらその後どうやって過ごすんだろうね?」


「……。」 「楽しみだなぁ〜!」


なんだ....これ..? 


      『思い出せ』


誰の声だろ、徳元さん..じゃないよな。


      『お前は、誰だ?』


オレは健太、大喜寺....健太だ。


     『そうだ、その通りだ』


当たり前の事を聞き出すと声は止み、流動的に過去の景色と音声を一方的に伝え始める。


 「それでね! それをやったみたらー..」


 「楽しそうだね、次もやってみなよ。」


「うん、そーする! 

自分の好きって楽しいね! 次はー...」

スライドショーのように次々と景色が映っては展開されていく。次も同じ場所ではあるが別の景色、だが同じ過去の世界。


「大変です! 俊太くんが‼︎」

部屋には首を括り吊られている男児がユラユラと揺れながらぶら下がっている。


「直ぐに下ろさないと! 何でこんな事に⁉︎」


「あーあ、大変だねぇ。」


「見ちゃダメ! 部屋に行きなさいっ!!」


「背が低い事を気にしててさ、色々考えたんだろうね。これが正しいと思ったのかな?」

温度の無い冷めた目で呆れている。

仮にも遊び相手に向ける目では絶対に無い


「なんでこうしちゃうかなー?

〝好き〟を追求した結果がこれか、やっぱり自由過ぎるとやりすぎちゃうんだなー。」


「あの子になにをしたの..⁉︎」


「なにも、あの子がやりたいからああしたんだと思うよ。人の言う事だけであそこまで出来ないだろうしね、やり過ぎだけど。」


これは…誰だ? 


「バーベキューしようみんな!」

問いかけに応ずる事なく次の景色へ

広間の中心で子供たちを囲んで快活に話を進めている。看護師たちは困惑気味だが、気に留める素振りもなく元気に会話する。


「ばーべきゅー?」「たのしそー!」

生まれて直ぐに適度な思い出も無く育った子どもたちは凄まじく好奇心が高い。俊太が少しの言葉で心を変えたように、人の言う事を聞くよりも〝試してみたい〟の心が先行する


「肉を焼いて遊ぶんだ、炎はどんは熱さだろうね。触ってみないと分からないけど」

爆発した好奇心は、危険や注意を省みず行動として現れる。後悔や失敗や、後の結果としてただ形としてのみ反映される。


『パチパチパチパチ...』

燃え上がる火柱、子ども達はみんな熱さを確認する為に飛び込み灰となった。院長は必死に救おうと火に腕を突っ込んだが奮闘虚しく看護師に止められ避難せざるを得なかった。


「本当にやっちゃったよ、面白い奴ら。」

唯一生き残った男児は一度別の場所に引き取られた。それは次に景色へと続く過去の事実



「今まで一人にして悪かった..‼︎」

大きな身体の男が深く頭を下げて謝罪している。目元には薄く涙が流れている様に見える


「沢山こわい思いをしたよね、本当にごめんなさい。捨てるような真似をしてしまって」

何度か院長に見せて貰った写真の顔だ

院長は〝アナタの両親〟だと言っていた。


「‥生きていたの?」


「ずっと、お前の事を考えていた。

今更言い訳に聞こえるかもしれないが、捨てた訳では決して無いんだ。許してくれ..!!」


「これからは、一緒に三人で暮らしましょ?」

優しい笑顔..これが母親か。

空いた心の隙間が埋まった気がした、これが家族というものか。これが、温もりか...。


その日はぐっすりと眠った。

晩御飯に嬉しさの余りジュースを飲み過ぎた。一度夜中にトイレへ起きたが、それ以外は本当にぐっすりとねむる事が出来た。


『やっぱりあの子は何かあるのよ、せっかく手放したのに...なんでまた暮らすのよ!?』


『仕方ないだろ、オレ達の子なんだよ!

オレだってゴメンだよ..あんな気持ち悪い奴』


 「……。」

両親もグッスリ眠れたようだ、朝になっても目を覚ます事は無かった。


「..バーベキューってつまんねぇな。」

ドラム缶に焼べた火を消して、川へ蹴飛ばす。

ゆらゆらと下へ流れていくが後の事など知ったことじゃない。


「家に帰るか..いや、ダメだな。」

嫌な匂いが立ち込めてむせ返る、暫くは帰らない方がいい。


「……公園か。」

ふらふらと歩いていると、公園に差し掛かる。

何で遊ぼうかと散策していたが、真ん中辺りまで来た時に凄まじい哀しみにくれ涙が溢れた


「うえぇぇ〜ん! うえぇぇ〜ん!」


「‥どうしたの、何で泣いてるの?」

優しい声が耳元で響く。振り向けばそこには優しい顔をした少女の姿


「誰かと遊びたいの?」「…うん。」


      『思い出せ』


「そっか、じゃあ私が一緒に遊んであげる」


「…本当?」

 「当たり前、ぼうや名前は? いくつ?」


「..健太、7歳。」


「七歳? なんだ、私と同じじゃん。

いこ、一緒に楽しく遊ぶんだ、私の名前は..」


      『思い出せ!』


「…義田、アカリ。」

赤黒い空が剥がれていく、景色が崩れ徐々に現在へと変わっていく。戻された世界で目の前に現れたのは、過去に喰われた筈の顔。


「久しぶり、元気だった?」


「…ええ」

やはり何処かで見覚えのある顔だった。

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